何気なく使っている言葉の意味

「梃子 でも・動かない」

(「テコ でも・うごかない」)

 

「皆さん」は

「梃子 でも・動かない」

   と、いう

「ことわざ」を

 

「使 った・事」は

「有・り」ませんか?

 

「梃子 でも・動かない」の

「意・味」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「どん な・手段」を

 「用 い・て」も

 「頑 と・して」

 (「がん」)

 

 「その 場・から」

 「動 か・ない」や

 「どん な・事」が

 「有 っ・て」も

 

 「信念 や・主張」を

 「変 え・ない」

    と、いう

 「意・味」の

 

 「ことわざ」だ

    そうです。

 

「梃子 でも・動かない」の

「由・来」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「梃 子・とは」

 「重い物 の・下」に

 「差 し・入れ」て

 「それを 動かす・為」に


 「テコ の・原理」

    と、して

 「使う 棒の・事」

    です。


 「梃子 を・使え」ば

 「重い 物・でも」

 「わずか な・力」で

 「動かす 事が・出来ます」が

 

 「その 梃子を・用いて」も

 「少しも 動か・ない」

 「事」が

 「由・来」の

 

 「ことわざ」だ

    そうです。

 

「梃子 でも・動かない」の

「代 表・的」な

「使 用・例」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「一・度」
 (「ひと・たび」)

 「こう と・決めた」ら

 「梃子 でも・動かない」

 「頑固 な・彼」を

 「説得 出来る・のは」

 「おそ ら・く」

 「彼女 しか・いない」

    だろう。

 

・「頑 固・一徹」で

 「梃子 でも・動かない」

 「友 人・には」

 「融通を 利かす・意味」の

 

 「臨 機・応変」と

 (「りんきおうへん」)

 「い う・言葉」を

 「教 え・て」

    やりたい。

 

「梃子 でも・動かない」の

「類 義・語」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「動かざる こと・山の如し」

 (「うごかざる こと・

     やまのごとし」)


・「武田 信玄」の

 「名言 で・ある」

 「風林火山 に・ある」

 (「ふうりんかざん」)
 「一・文」です。

 「本・来」は

 「戦術を 記した・言葉」で

 「敵軍に 惑わ・される」
 「事・無く」

 

 「山の 様に・動かず」

 「陣形を 崩さ・ない」
    と、いう

 「意 味・です」が

 

 「現 在・では」

 「どっ・しり」と
 「構・え」て

 「揺る が・無い」

 

 「様・子」を

 「表 現・した」

 「ことわざ」だ

    そうです。

 

「梃子 でも・動かない」の

「対 義・語」を

「検 索・して」も

「出 て・来」ません。

 

・「フットワーク が・軽い」

   (「フットワーク が・かるい」)

 

・「足の 運びが・軽妙」や

 「機敏で ある・様子」

    か ら

 「転 じ・て」

 

 「行動 が・迅速」や

 「行動の 切り・替え」が

 「素・早い」と

 「い う・意味」の

 

 「表・現」で
 「フッ・軽」と

 「略 して・用いる」

 「事」も

 

 「可・能」だ

    そうです。

 「辺・り」が

 「妥・当」な
 「気」が、します。

 

 

コブクロ」は

 

「動かない ちぎれ雲

   いつまでも 浮かべてた」の

「歌詞 が・ある」

 

「蕾」

(「つぼみ」)

   と、いう

「歌 を・歌い」ました。

 

「2007・年」に

「リリース」

   し た

「14 th・シングル」で

 

「フ ジ・テレビ 系」で

「放 送・され」た

「テレビ・ドラマ」

「東京タワー〜オカンとボクと、

   時々、オトン〜」の

 

「主題歌 に・起用され」て

オリコン・1 位」の

「大ヒット曲」に

「成・り」ました。

 

コブクロ」は

「1998・年」に

「大阪 府・堺 市」で

「結 成・した」

 

「小渕 健太郎」と

(「こぶち けんたろう」)

「黒田 俊介・から」

(「くろだ しゅんすけ」)

「成・る」

「音 楽・ヂュオ」 です。

 

「コブチ の・コブ」と

「クロダ の・クロ」を

「合 わ・せ」て

コブクロ」と

 

「名・付け」

   ました。

 

「サ ン・グラス」が

「トレード・マーク」の

「黒田 俊介」は

「純 日本人・なが」ら

 

「身・長」が

「193・cm」と

「日本 の・歌手」で

「1 番 の・長身」です。

 

「2 年・間」の

「インディーズ」

「経・験」を

「経・て」

 

「2001・年」に

「リリース・した」

「ファースト・シングル」

「YELL」で

(「エール」)

 

「メジャー・デビュー」を

「果 た・し」ました。

 

「同・曲」は

オリコン・4 位」の

「大 ヒット・曲」に

「成・り」

 

「美しい・ハーモニー」の

「ヂュオ と・して」

「人・気」を
「博・し」ました。

 

「代 表・曲」に

 

「蕾」

(「つぼみ」)

「桜」

「赤い 糸」等が

「有・り」ます。

 

「2005・年」に

「リリース・した」

「12 th・シングル」

「桜」

 

「フ ジ・テレビ 系」で

「放 送・され」た

「テレビ・ドラマ」

「Ns ‘ あおい」の

 

「主 題・歌」に
「起 用・され」て
「大 ヒット・曲」に

「成・り」

 

「紅 白・歌合戦」に

「初・出場」しました。

 

「2006・年」に

「自 身・初」の
「日 本・武道館」に

「於 け・る

 

「単 独・ライブ」を

「開・催」し

「大・好評」を

「博・し」ました。

 

「2007・年」に

「リリース・した」

「14 th・シングル」

「蕾」が

 

「シングル・曲」で

「自 身・初」の

オリコン・1 位」に

「成・り」

 

「レコード・大賞・
   金 賞」を

「受・賞」しました。

 

「2014・年」に
「台 湾・にて」

「キャリア・初」の

「海 外・公演」を

 

「開・催」し

「成功 を・収め」

   ました。

 

「アルバム」

   で は

 

「2005・年」に

「リリース」し

「ミリオン・セラー」を

「記 録・した」

 

「5 th・アルバム」

「NAMELESS WORLD」〜

 

「2013・年」に

「リリース・した」

「8 th・アルバム」

One Song From Two Hearts

   ま で

 

「4 作・連続」で

オリコン・1 位」の

「大 ヒット・作」に

「成・り」ました。

 

ベスト・アルバム
   で は

 

「2006・年」に

「リリース・した」

「ファースト」

ベスト・アルバム」で

 

「史 上・21 作 目」の

「トリプル・ミリオン」を

「記 録・した」
「ALL SINGLES BEST」〜

 

「2018・年」の

「サード」

ベスト・アルバム
「ALL TIME BEST」まで

 

「3 作・連続」で

オリコン・1 位」の

「大 ヒット・作」に

「成・り」ました。

 

「2023 年・3 月」に

「リリース・した」

「35 th・シングル」

エンベロープ」が

 

「テレビ・朝日 系」で

「放 送・され」た

「テレビ・ドラマ」

リエゾン -

   こどものこころ 診療所-」の

 

「主 題・歌」に

「起 用・され」て

オリコン・3 位」に

「成・り」

 

「人気 に・翳り」は

            (「かげり」)

「有・り」ません

 

「紅 白・歌合戦」

   に は

 

「2005・年」の

「桜」

「2013・年」の

「今、咲き誇る 花たちよ」まで

 

「通 算・8 回」

「出・場」しました。

 

 

コブクロ

「蕾」

「作・詞」「作・曲」

「小渕 健太郎

 

涙こぼしても 汗にまみれた

笑顔の 中じゃ
誰も 気付いてはくれない
だから あなたの涙を

僕は 知らない

 

絶やす事無く 僕の心に

灯されて いた

(「ともされて」)
優しい明かりは あなたがくれた

理由なき 愛のあかし

 

柔らかな 日だまりが包む

背中にポツリ 話しかけながら
いつかこんな日が 来る事も
きっと きっと きっと

わかってた はずなのに

 

消えそうに 咲きそうな

蕾が今年も 僕を待ってる
掌じゃ掴めない 風に踊る花びら

(「てのひら」)
立ち止まる肩に ヒラリ
上手に乗せて 笑って見せた

あなたを思い出す  一人

 

ビルの谷間に 埋もれた夢を

                (「うずもれた」)

いつか 芽吹いて

      (「めぶいて」)
花を咲かすだろう 信じた夢は

咲く場所を 選ばない

 

僕等この街に 落とされた

影法師
(「かげぼうし」)

みんな光を 探して
重なり合う 時の流れも
きっと きっと きっと

追い越せる日が 来るさ

 

風のない 線路道

五月の美空は 青く寂しく

     (「みそら」)
動かない ちぎれ雲

いつまでも 浮かべてた
どこにももう 戻れない
僕のようだと ささやく風に

キラリ 舞い落ちてく涙

 

散り際に もう一度開く

花びらは あなたのように

聴こえない 頑張れを握った

(「きこえない」)

両手に 何度もくれた

 

消えそうに 咲きそうな

蕾が今年も 僕を待ってる
今もまだ 掴めない

あなたと 描いた夢
立ち止まる 僕のそばで
優しく開く 笑顔のような

蕾を探してる  空に

 

 

※「食指 が・動く」

   (「しょくし が・うごく」)

 

「食指 が・動く」の

「意・味」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「食指 が・動く」の

 「食 指・とは」

 「人 差し・指」の

 「事」で

 

 「食欲 が・起こる」や

 「興味や 関心」を

 「持つ 事・から」

 「転 じ・て」

 

 「現 在・では」

 「食欲 だけで・無く」

 「何かを して・みたい」

 「気持ち が・湧いた」り

 

 「何かを 欲し・がる」

 「気持ち が・起きる」

 「様子と いう・意味」で

 「用い られて・いる」

 

 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「食指 が・動く」の

「由・来」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「中国 の・史書

 「春秋 左氏・伝』の

    (「しゅんじゅうさじでん」)

 「故事 が・由来」だ

    そうです。


 「その 故事・とは」

 「鄭 の・国」の

 (「てい)

 「貴・族」が

 

 「君主を・訪ねる」

 「途・中」で

 「自・分」の
 「人 差し・指」が

 

 「動いた のを・見て」
 「同行して いる・者」に

 「ご馳走 に・ありつける」

 「前兆 で・ある」と

 

 「言 っ・た」と

 「い う・話」で

 「予 想・通り」

 「君 主・から」

 

 「もてなさ れた・のは」

 「高・価」な
 「スッポン 料理・だった」

    そうです。

 

 「そ こ・から」

 「食・指」は

 「食べ物 を・掴む」

 「際」に

 

 「必ず 使う・指」の

 「人 差し・指」を

 「意 味・する」

 「様 に・なり」

 

 「食指が 動く・とは」

 「食欲 が・起こる」と

 「いう 意味に・なり
 「転 じ・て」

 

 「物を 欲し・がった」り

 「興味や 関心を・持つ」と

 「い う・意味」に

 「成った・事」が

 

 「由・来」の

 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「食指 が・動く」の

「代 表・的」な

「使 用・例」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「彼」は

 「昨・年」

 「メダカ の・繁殖」に

 「食指 が・動き」

 

 「1,000 匹・位」

 「仔・引き」し

 (「こびき」)
 「今年 も・増える」

 「予 定・だが」

 

 「もらって・くれる」

 「人 が・おらず」

 「困 って・いる」

    そうだ。

 

・「彼・女」は
 「ブランド・品」の
 「高 級・バッグ」に

 「食指 が・動いた」が

 

 「値札 を・見て」

 「諦 め・た」

    そうだ。

 

「食指 が・動く」の

「類 義・語」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「色気 を・出す」

   (「いろけ を・だす」)

 

・「ヒョッ と・して」

 「物事が 都合・良く」

 「行くかも・しれない」と

 「欲 を・出す」や


 「ある ものに・対し」て

 「興味や 関心を・示す」

    と、いう

 「意・味」の

 

 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「食指 が・動く」の

「対 義・語」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「意に 介さ・ない」

   (「いに かいさ・ない」)

・「気に し・ない」や

 「気にも 留め・ない」

    か ら

 「転 じ・て」

 

 「物・事」に
 「興味 や・関心」が

 「無・い」と

 「い う・意味」の

 

 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「五木 ひろし」は

(「いつき ひろし」)

 

「灯りが 欲しい」

(「あかり」)

   と、いう

「歌 を・歌い」ました。

 

「1977・年」に

「リリース」

   し た

「28 th・シングル」で

 

「大 ヒット・曲」に

「成・り」ました。

 

「五木 ひろし」は

「1948 年・生まれ」で

「福井 県・三方 郡・

   美浜 町」

 

「出・身」の

「演 歌・歌手」

「作 曲・家」

「俳・優」です。

 

「小学生の 頃・から」

「歌手 を・夢見」て

「1963・年」に

「中 学・卒業 後」

 

「京・都」に

「開 校・する」

「関西 音楽・学校」に

「入・学」し

 

「翌・年」に

「歌手 を・目指し」て

「単 身・にて」

「上・京」し

 

「同・年」に

「開 催・され」た

「コロンビア 全国・
   歌謡 コンクール」で

 

「見・事」に

「優・勝」しました。

 

「1965・年」

「17 歳の・時」

「松山 まさる」の

「芸・名」で


「リリース・した」

「ファース・シングル」

「新宿 から」で

「メジャー・デビュー」し

 

「歌 の・上手さ」

   に は

「定・評」が

「有・り」ました。

 

「し か・し」

「全 く・売れず」

「赤・貧」の

(「せき・ひん」)

「下積 み・時代」を

「余 儀・無く」
「さ・れ」ました。

 

「代 表・曲」に

 

長良川 艶歌」

(「ながらがわ えんか」)

「夜明けの ブルース」

「灯りが 欲しい」等が

「有・り」ます。

 

「同・時期」に

「デビュー」し

「御・三家」と

(「ご・さんけ」) 

「呼 ば・れ」た

 

「橋 幸夫」

「舟木 一夫」

「西郷 輝彦」は

「ヒット曲 を・連発」し

 

「大 き・く」

「水を 開け・られ」

「後・初」の

「三田 明」も

 

「あっ と・いう」

「間」に

「追 い・越し」て

「行・き」ました。

 

「デビュー・から」
「5 年間 の・間」に

「2  度・も」

「芸名 を・変え」

 

「1971・年」

「23 歳の・時」に
「芸・名」を
「五木 ひろし」に

 

「変・え」て

「再・デビュー」

   しました。

 

「苗・字」の

「五 木」は

「作 詞・家」の

「山口 洋子」が

 

「当・時」

「人気・作家」で

「有 っ・た」

「五木 寛之」に

(「いつき ひろゆき」)

 

「頼 み・込んで」

「本・人」の

「許可 を・得」て

「名・付け」ました。


「拾う神あれば・捨てる神あり」
   と、いう

「ことわざ」が

「有 り・ます」が

 

「神に 見捨て・られ」

「続け て・きた」

「五木 ひろし」に

「と っ・て」

 

「山口 洋子」は
「正・に」

「拾 う・神」

   でした。

 

「人生 の・転機」は

「人 との・出会い」と

「つ く・づく」

「思・い」ます。

 

「同・年」に

「リリース・した」
「作 詞・山口 洋子」

「作 曲・平尾 昌晃」の

 

「ゴールデン・コンビ」に

   よ る

「再・デビュー」

「ファースト・シングル」

 

「よこはま たそがれ」が

オリコン・1 位」で

「65・万枚」を

「セールス・する」

 

「大 ヒット・曲」に

「成・り」

「レコード・大賞・

   歌唱 賞」を

「受・賞」し

 

「デビュー・から」の

「念願 で・あった」

「紅 白・歌合戦」に

「初・出場」しました。

 

「1973・年」に

「リリース・した」

「11 th・シングル」

「夜 空」と

 

1984・年」に

「リリース・した」

「49 th・シングル」

長良川 艶歌」で

 

「2・回」

「日本・レコード・大賞」の

「栄・冠」に

「輝・き」ました。

 

「1977・年」に

「リリース・した」

「27 th・シングル」

「灯りが 欲しい」で

 

「紅 白・歌合戦」に

「出・場」し
「初 の・大トリ」を

「務・め」ました。

 

「2012・年」に

「リリース・した」

「119 th・シングル」

「夜明けの ブルース」が

 

「N H K」で

「放 送・され」た
「ラジオ・深夜番組」

「深夜便の うた」に

 

「起 用・され」

「大・ヒット」し

オリコン」の

「演 歌・チャート」で

 

「1 位 に・なり」

「自身 の・代表曲」の

「一・曲」に

「成・り」ました。

 

「レコード・大賞」

   で は

 

「通 算・27 回」

「各・賞」を

「受・賞」
   しました。

 

「2007・年」に
「紫 綬・褒章」を

(「しじゅ・ほうしょう」)

「受・賞」しました。

 

「2018・年」に
「旭 日・小綬章」を

(「きょくじつ・

     しょうじゅしょう」) 

「受・賞」しました。

 

「現 在・76 歳」

   です が


「毎・年」
「新曲 を・発売」し

「2023 年・3 月」に

「最 新・シングル」で

 

「133 th・シングル」の

「だけど YOKOHAMA」を

「リリース・する」他

「コンサート」や

 

「多数 の・歌番組」で

「美・声」を
「披露 して・いる」

   そうです。

 

「私・生活」
   で は

 

「1988・年」

「40 歳の・時」に

「15 才・年下」の

「女・優」


「和 由布子」と

(「かず ゆうこ」)

「結・婚」し

「二 男・一女」を

「儲・け」ました。

 

「五木 ひろし」は

「仕 事・より」

「家・庭」を

「優先 する・タイプ」で

 

「二・人」は

「おしどり・夫婦」

   と、して

「知 ら・れて」います。

 

「紅 白・歌合戦」

   に は

 

「1971・年」の

よこはま・たそがれ」〜

「2020・年」の

「山 河」まで

 

「連 続・50 回」

「出・場」し

「紅白 史上・1 位」に

「成・り」ました。

 

 

「五木 ひろし」

「灯りが 欲しい」

「作・詞」「藤田 まさと」

「作・曲」「遠藤 実」

 

日蔭そだちの この俺が
見つけた道は 遠すぎた
疲れた足を 曳きずって

               (「ひき」)
昨日につづく  雨の道

(「きのう」)
灯りが 欲しいよ

道があんまり 遠すぎる

 

自棄で覚えた 酒もある

(「やけ」)
酒で覚えた 恋もある
男の過去 の 苦っぽさ

               (「にが」)
昔を早く 忘れたい
灯りが 欲しいよ

ひとり歩きは 暗すぎる

 

恋という字が ある限り
俺はあいつを 追いかける
ほんとは一人  欲しかった
こころの杖に なるような

         (「つえ」)

灯りが 欲しいよ

日蔭暮は 永すぎる

 

 

「梃子 でも・動かない」を

「英・語」で

 「It doesn't move even 

    with leverage」と

 

 (「梃子 でも・動かない」)

 

 「言・う」そうです。