何気なく使っている言葉の意味

「泳ぎ続けなければ 死んでしまう魚」

 

「皆さんは」「泳ぎ続けなければ 死んでしまう魚」を、知っていますか?。

  私は「何人か」に「尋ねました」が、ほとんどの人は「鮪」(マグロ)と、答えました。

 

「マグロ」という「答え」は「間違いでは有りません」が

「正解」は『「一部」の「回遊魚」』(かいゆうぎょ)です。

 

「回遊魚」の「定義」は

 

『「海」や「川」に「生息する魚」」が「成長段階」・「環境の変化」に応じて

「生息場所」(せいそくばしょ)を「移動する魚」』

  だ、そうです。

 

「有名な」「泳ぎ続けなければ死んでしまう魚」として

・「鮫」(サメ)が、有ります。

 

「サメ」の中でも「白い死神」と恐れられる「人食いザメ」

ホホジロザメ」(「体長」は「10mを超える」)が「有名」です。

「映画」「ジョーズ」は(「スティーブン・スピルバーグ」が「27歳」の時に「監督」)し

「1,975年」に「公開」されました。

「映画」・「テレビ」で「見た人」(私は「テレビ」で、見ました)は

「その恐怖」を「忘れる事」が「出来ない」と、思います。

 

「サメ」以外に「泳ぎ続けなければ死んでしまう」「回遊魚」としては

 

・「鮪」(マグロ)

・「鰹」(カツオ)

・「旗魚」(カジキ)

・「鰤」(ブリ)

 

  が、いるそうです

 

「遠洋性回遊魚」(えんようせいかいゆうぎょ・「世界の海を回遊」)としては

「マグロ」・「カツオ」が「有名」です。

 

「泳ぎ続ける」「持久力」が「必要」な為「筋肉に大量の酸素」を「供給」できるよう

「血中」に「大量のヘモグロビン」を「含有」(がんゆう)しています。

赤身魚」(あかみざかな)と、呼ばれています。

 

「近海性回遊魚」(きんかいせいかいゆうぎょ・「日本の近くを回遊」)は

「青魚」(あおざかな)と、呼ばれています。

「身の色」でなく「背中の色」により「分類」されています。

「アジ」「サバ」「イワシ」「サンマ」等です。

 

DHA」(ドコサヘキサエン酸)・「EPA」(エイコサペンタエン酸)が「豊富」に

「含まれて」おり「多くの効能」が、あるそうです。

・「メタポリックシンドノーム」(「肥満」・「高血糖」・「高血圧」・「脂質異常症」の内

   「2つ以上」の「症状」が「一度にでる症状」)

・「動脈硬化

・「心筋梗塞

・「脳梗塞

・「アルツハイマー」(認知症)

 

 

「回遊しない魚」としては

 

・「鯛」(タイ)

・「平目」(ヒラメ)

・「鱈」(タラ)

・「河豚」(フグ)

・「鰈」(カレイ)

 

  等が、有るそうです。

 

「回遊する事なく」「一定の場所」に「止まる」(とどまる)為

「持久力」の「必要性」は無く「ヘモグロビン」は「ほとんど」有りません。

白身魚」(しろみざかな)と、呼ばれています。

 

白身魚」は「敵から逃れたり」『「獲物」を「捕まえる時」』(つかまえるとき)以外は

「海底でじっとしていたり」「あまり動かない」「魚」』が、多いそうです。

 

 

「サメ」・「マグロ」・「カツオ」等の「回遊魚」は「自分の意志」で

「エラ」を「動かす事」が、出来ません。

「大きく口を開け」て「取り込んだ」「海水の勢い」で「エラ」を「動かしてもらい」

「酸素」を「取り込んで」います。

 

  従って「泳ぎ続けなければ」「酸欠」(さんけつ)で「窒息死」(ちっそくし)

  してしまいます。

 

『回遊しない」「回遊魚」を「根付き」(ねづき)と、言うそうです。

「湾」など「狭い海域」に「生息」します。

「エサ」が良く「動き回らない」ので「脂の乗り」(あぶらののり)が良い」そうです。

 

「金華サバ」(「金華山沖」(きんかざんおき・「宮城県」)

「松輪サバ」(「三浦半島」・「神奈川県」)

「関アジ」「関サバ」(「佐賀県沖」)

 

  が「有名」だそうです。

 

「高級ブランド魚」として「取引され」「庶民の口」に入るのは「ほぼ不可能」だそうです。

「もちろん」私は「食べた事」は、有りません。

 

  私は「常々」『「大間」の「本マグロ」』を「食べてから」

「死にたい」と言っています。

「大間マグロ」は「黒いダイヤ」と呼ばれる「クロマグロ」です。

 

「マグロ」の「種類」は

 

・「クロマグロ」(「全長」「3m超え」「体重」「400Kg超え」)

・「ミナミマグロ」(インドマグロ)(「全長」「2m超え」「体重」「250Kg超え」)

・「メバチマグロ」(「全長」「1m超え」「体重」「200Kg超え」)

・「キハダマグロ」(「全長」「1m超え」「体重」「200Kg超え」)

・「ビンチョウマグロ」(ビンナガマグロ)(「全長」「1m超え」「体重」「50Kg超え」)

 

  です。

 

「マグロ」の「価値」は「クロマグロ」→「ビンチョウマグロ」へと「下がり」ます。

『「私達」が「普段」「食べている」』「マグロ」は「メバチマグロ」か「キハダマグロ」か

「ビンチョウマグロ」だと、思います。

 

「大間マグロ」が「珍重」(ちんちょうされる「理由」は「下記」の為です。

 

青森県大間町」「沖合い」には「3つ」の「海流」が「流れ込んで」いる為

プランクトン」が「豊富」です。

プランクトン」を「エサ」にする「イカ」や「イワシ」が「大量」に「生息」しています。

「栄養たっぷり」で「肥えた」(こえた)「イカ」や「イワシ」を「エサ」にしている

「大間の本マグロ」が「美味しい」のは「当然」です。

 

  私が「支店」を「回っていた頃」「大間の本マグロ」を「食べたことが」ある

「女性」が、いました。

「父親」が「銀座?」で「割烹」(かっぽう)或いは「料亭」(りょうてい)を

「開業」しているそうです。

「彼女自身」も「調理師免許」を「取得してある」そうです。

 

 

  私の「名前」は「カツオ」です。

  私も「考え続け」「動き続け」なければ「死んで」しまうのかも、知れません。

  私には「長生きしたい」という「希望」は「殆ど」有りません。

「健康に注意」する気も「殆ど」有りません。

  しかし「今やっている事が」「日の目をみる」までは「死ぬ訳」には、いきません。

  

「ある時」「カツオ」には「脳みそが」「2つ有る」と「言った事」が、ありました。

「1つの脳」を「使って」「泳ぎ」「別の脳」を「使って」「眠っている」と

「冗談」で、言いました。

「驚いた事に」「信用した人」が、いました。

  私は「あわてて」「嘘」だと「自白」しました。

 

  又「ある時」「脳梗塞の後遺症」で『「脳みそ」が「減る」「症状」』が出た為

ノーベル賞」(「脳減る症」)を「貰えるかもしれない」と、言った事が、ありました。

「流石に」(さすがに)「信用した人」は、いませんでした。

 

  私は「名前に反して」「何故」か「水泳」が「苦手」でした。

「上手に水に浮く事」が「出来ません」でした。

「溺れそうになりながら」「50m」「泳いだ」のが「自己最高記録」だったと

「憶えて」います。

 

  今の「私の姿」を見て「信じてくれる人」は「いない」と、思いますが

  私は「スポーツ」が「好き」で「得意」でした。

「勉強」で「褒められた」事が「有りました」が「ちっとも嬉しく」有りませんでした。

  しかし「スポーツ」で「褒められた時」は「嬉しかった」記憶があります。

 

「ブログ」「阿吽の呼吸」でも「書かせて」もらいましたが

  私は「保育園」にも「幼稚園」にも「通った事」が、ありません。

「近所に住む」「土屋治道ちゃん」  (つちやはるみちちゃん)と「二人」で

「野山」を「駆け回って」いました。

 

「当時」としても「保育園」・「幼稚園」に「行かない人」は「珍しい存在」でした。

「気の向いた時」に「気の向いた事」をする

「野生児」(やせいじ)の様な「生活」を「過ごし」ました。

 

「小学1年性」になって「最初の授業」があった日「1時間目の授業」が終わった

「休憩時間」に「母が作ってくれた弁当」を「食べてしまい」ました。

「級友」から「笑われ」「伊藤よし子」「先生」から「叱られた」(しかられた)事を

「ハッキリと」「覚えて」います。

  私は「集団生活」の「常識」「ルール」を、知りませんでした。

 

  私は「早熟」(そうじゅく)」でした。

「腕立て伏せ」「100回」「腹筋」「150回」「うさぎ跳び」「50m」を

「何クルー」か「する事」を「日課」としていた「時期」も、有りました。

 

「中学生」になっても「同じ」でした。

「結果として」「体力測定」でも「良い評価」を、もらっていました。

  今の私は「あの頃と比べ」「身長」「体重」は「殆ど変わりません」が

「胸」・「腕」・「脚」に付いていた「筋肉」が

「腹の贅肉」(はらのぜいにく)に「変わっって」しまいました。 

 

 

「子門 真人」(しもん まさと)は「およげ!たいやきくん」という「歌」を、歌いました。

「1,975年」「子供向け番組」『「ひらけ!「ポンキッキ」』の中で「発表」されました。

「子門 真人」は「1,944年生まれ」で「仮面ライダー」の「主題歌」も歌った

「アニメ・ソンガー」でした。

 

「1,975年」に「リリース」した「およげ!たいやきくん」は「史上初」の

『「オリコンチャート」「初登場1位」・「11週連続1位」』の

「新記録」を「樹立」しました。

 

「子門 真人」は「敬虔」(けいけん)な「クリスチャン」で

「芸名」の「子門」(シモン)は「聖書」に「由来」するものだったそうです。

「シモン」は「イエス・キリスト」の「弟子」(でし)で「イエスの十字架」を

「かつがされた1人」と言われている「人物」です。

 

「アフロヘアー」」の「流行」は「子門 真人」が「作った」と、言われています。

「1,993年」に「人間関係のもつれ」で「突然に引退」しました。

「人間が嫌いになった」という「発言」が「大きな話題」と、なりました。

 

 

「子門 真人」「およげ!たいやきくん」「作詞」:「高田 ひろお」「作曲」:「佐瀬 寿一」

 

まいにちまいにち  ぼくらはてっぱんの

うえでやかれて  いやになっちゃうよ

あるあさぼくは  みせのおじさんと

けんかしてうみに  にげこんだのさ

 

はじめておよいだ  うみのそこ

とってもきもちが  いいもんだ

おなかのアンコが  おもいけど

うみはひろいぜ  こころがはずむ

ももいろサンゴが  てをふって

ぼくのおよぎを  ながめていたよ

 

まいにちまいにち  たのしいことばかり

なんぱせんが  ぼくのすみかさ

ときどきサメに  いじめられるけど

そんなときゃそうさ  にげるのさ

 

いちにちおよげば  ハラペコさ

めだまもクルクル  まわっちゃう

たまにはエビにでも  くわなけりゃ

しおみずばかりじゃ  ふやけてしまう

いわばのかげから  くいつけば

それはちいさな  つりばりだった

 

どんなにどんなに  もがいても

ハリがのどから  とれないよ

はまべでみしらぬ  おじさんが

ぼくをつりあげ  びっくりしてた

 

やっぱりぼくは  タイヤキさ

すこしこげある  タイヤキさ

おじさんつばを  のみこんで

ぼくをうまそに  たべたのさ

 

  この歌は「子供向け」「アニメソング」ではなく

「大人」が「人生」を感じながら「聴く歌」なのかも、知れません。

「束縛」(そくばく)から逃れようとしても「宿命」を「変える事」は、出来ない。

  そんな「歌詞」に、私には「感じられ」ます。

 

「1・5・25」

 

「ワイン」を飲んで「3:00」に「寝た」にも拘らず「5:00」に「目覚めて」しまいました。

「昨夜感じた」『「1つの水槽」の「微妙な異臭」』に「違和感」が、ありました。

「師匠」から「譲ってもらった」「13匹の稚魚」を「死なせてしまった」

「トラウマ」(心的外傷)が「有った」のかも、知れません。

「私は「水槽の水替え」を終え「改めて」「寝直し」ました。

「転ばぬ先の杖」(ころばぬさきのつえ)という「ことわざ」が、あります。

 

「テレビ」で「玉木 宏」が「主演」する

「ドラマBiz・スパイラル〜町工場の奇跡」を「ワイン」を「飲みながら」見ています。

「下町信金」が「マジテック」に対して「有する」「2億5千万円」の「債権」を

外資系・ハゲタカファンド」「ホライズン・キャピタル」に

「安値」で「無断に債権譲渡」する「シーン」がありました。

 

  この「番組」は「ヒューマン」×「ビジネス」を「基調」とした「面白い番組」です。

「金融機関の業務」に「精通した人」が「原作」或いは「脚本」を「書いて」いるはずです。

 

「債権譲渡」(「バルクセール」と言います)の「第三者対抗要件」には

・「債務者」(会社の場合は「代表者」)「連帯保証人」「担保提供者」の「承諾」又は

・「確定日付」のある「通知」が「必要」ですが「番組では」なされていません。

 

「債務者」「連帯保証人」「担保提供者」に「無断で」「債権譲渡」する事は、出来ません。

民法」には「その理由」は「書いて」ありません。

 「顧問弁護士」にも「尋ねました」が「弁護士らしい「解釈」でした。

 

 「勝手に」「債務者」「連帯保証人」「担保提供者」にとって

「都合の悪い相手」(例えば「ヤクザ等)に「債権を売却」された場合

「非合法的」・「苛酷」(かこく)な「取立て」に「苦しめられます。

「自殺者」が出る事が「容易に想定出来る」からだと、

   私は「「勝手」に「解釈」していました。

 

「45歳」〜「56歳」の間「携わった」(たずさわった)「法律の話」が「出て来た」ので

「懐かしくて」つい「ムキになって」書いてしまいました。

 

「あの頃」「今、私が持っている」「遊び心」「悪戯心」(いたずらこころ)

「心の余裕」が「有ったら」「良かった」のにと「今になって」「つくずく」思います。

 

  私が「嫌う」「重箱の隅をつつく話」ですが「チョット気になった」ので

「思わず」書いてしまいました。

  だからといって「この番組の面白さ」に「変わり」は、ありません。

「次回」は「最終話」です。

  どんな「逆転劇」が、起きるか「楽しみ」です。

 

「話は戻り」ます。

 

「ブログ」「コロンブスの卵」でも「書きました」が

「宿命」(しゅくめい)を「変える事」は「不可能」ですが

「運命」(うんめい)は「努力」で「変える事」が「可能」です。

「運命」を「変えようと努力」する「勇気がある人」がいたら

「後押し」を「してあげたい」と、私は思っています。

 

「大器晩成」(たいきばんせい)という「四字熟語」が、有ります。

 

老子」(ろうし)の「言葉」だそうです。

  意味は 

 

「「大きな器」(うつわ)を「作る」のには「時間がかかる」ということから

・『「晩年」になってから「「成功する人物」』

・『「少しずつ」「完成」に向かい「粘り強く」「努力を継続する人物」』

・『「若い頃」は「才能」を「発揮」しないが「徐々に」「実力を養い」「後」(のち)に

   「大きな成功を納める(おさめる)人物」』

 

  だ、そうです。

 

「同意語」(どういご・「同じ意味の言葉」としては

 

「遅咲きの花」(おそざきのはな)

 

  が、あります。

 

「類似語」(るいじご・「似た意味の言葉」)としては

 

「苦労人」

「潜在能力がある」

「スロースターター」

「目先の欲にとらわれない」

「じっくり育つ」

「伸びしろがある」

「捨てたものではない」

「磨けば光る」

 

   辺りが「妥当」だそうです。

 

 

「対義語」(たいぎご・「反対の意味の言葉」としては

 

「パソコン」で「検索」しても、出て来ません。

 

竜頭蛇尾」(りゅうとうだび)

 

  辺りが「妥当」な気がします。

 

竜頭蛇尾」の意味は、

 

「初め」は「龍の頭」のように「勢い」が良いが

「終わりになるにつれ」「ヘビの尻尾(しっぽ)の様に「情けない姿」に、なってしまう事。

「出だし」は「素晴らしい」が「最後は」「つまらない存在」に、なってしまう事。

 

です。

 

  私が「支店を回っていた頃」「素質」は「十分にあるも」「埋もれてしまっている」

「勿体ない後輩」が「何人も」いました。

 

「貴方は」「今の境遇に甘んずるべき人間」ではない。

「過去の不遇」に「腐る事なく」(くさることなく)「急ぐ事なく」「愚直」(ぐちょく)に

  たとえ「一歩づつ」でも「前へ進み続け」なさい。

  そうすれば「やがて」「答えが出てくるはずだ」という意味の「言葉」で

  私は「励まして来た」つもりです

 

「蛇尾竜頭」(だびりゅうとう)になれ」と「励ました」ものでした。

 

『大器晩成」と「なり得る人」の「特徴」としては

 

・『「一度きりの人生」を「大切に生きている」』

・『「好奇心」を持ち「長い年月」をかけて「計画的」に「物事」を「成し遂げる」』

・『「優れた」「人間性」を持ち「人望(じんぼう)が有る」』

・『「発想力」「創造力」(そうぞうりょく)が「高く」「常に」「アイデアを出す」』

・『「柔軟な対応ができ」「臨機応変」に「動く事が出来る」』

・『「何でも」「吸収しようとする」』

・『「自分のスタンス」を「持っている」』

・『「失敗や挫折」に「負けない」「チャレンジ精神」を「持っている」』

・『「諦めない心」を「持っている」』

・『「影で」「密かに(ひそかに)努力している」』

 

  がある。そうです。

 

「1・5・28」

 

  私は「水替え」を兼ね「31・4・25」に「孵化」(ふか)した「稚魚」の内

「50匹程度」を『「飼育」している「水槽」』の「稚魚の選別」を、しました。

  これまでに「死んでしまった稚魚」は「逆立ちでしか泳げなかった」「1匹」だけです。

 

「選別」とは「究極的な言い方」をすれば「殺す事」です。

「中途半端な良心」で「川」や「池」に「放流」する事は

「生態系を崩す事」に、繋がり(つながり)かねません。

 

  私は「今年」「初めて」「仔引き」(こびき・「卵」から「育てる事」)に

「挑戦」しています。

  これまでにも「チャレンジ」する事を「考えた事」は、ありました。

  しかし「仕事との両立」は「無理と判断」し「断念」しました。

 

「らんちゅう」は「金魚の王様」と」言われるだけあって「愛好家」が「多く」

「地方大会」〜「全国大会」まで「品評会」が、あります。

「らんちゅうの品評会」での「順位付け」は「相撲」に、似ています。

「全日本大会」で「東大関」を「獲得した」「らんちゅう」を「日本一」と、呼びます。

 

横綱」が、いない理由は

「秋の本大会」で「3年連続」「大関」(「東」でも「西」でも「可」)を

「獲得した」「らんちゅう」を「横綱」と呼ぶ「規定」が、あるからです。

  そんな「らんちゅう」が「出現するはずはない」との「思惑」(おもわく)より

「東大関」を「NO1」と「格付け」しています。

 

  しかし「直近」では「九州」の「木本道白 氏」が「所有」する

「福観勝森」と「名付けられた」「らんちゅう」が「横綱」に、なったそうです。

 「記録」とか「常識」とかは「いずれ破られる」と、私は考えています。

 

「品評会」での「審査基準」は「詳細」に「定められて」います。

「愛好家」は「この基準」に「沿うよう」「必死になって」育て上げます。

「ネット」で「検索」しても

「マニュアル化」した「育て方」をしている人が「ほとんど」のようです。

 

「稚魚の選別基準」も「マニュアル化」されています。

「小さな稚魚」は「選別の対象」です。

 

  私の「稚魚の選別基準」に「体の大きさ」は「関係」ありません。

「小さな稚魚」は「小さな卵」から「孵化」(ふか)した「可能性が高い」と思います。

「大きく生まれた稚魚」は「好きなだけ」「エサ」を「食べ」「水槽の支配者」と

「なること」が、出来ます。

 

  一方「小さく生まれた稚魚」は「限られたエサ」しか「食べる事」が、できません。

  そして「体の大きさの差」は「益々」大きくなって、しまいます。

『「負の」「スパイラル」』です。

  (「連鎖的」(れんさてき)に生じる「悪循環」)

 

「小さく生まれた稚魚」にも「運命」を変える「チャンス」を

「与えるべき」だと、私は思っています。

「大器晩成」で「今年中」には「無理」かも知れませんが「来年」には

「NO1」になっている「可能性」だって「無い」とは「言い切れ」ません。

「答え」を「急ぐ事」は、有りません。

  やがて「分かる」はずです。

 

「ネット」によると「第1回目の選別基準」として「7項目」あります。

「品評会」を「想定」した「基準」です。

「私は「品評会」には「今の所」「全く」「興味」は、有りません。

 

  今回、私が「選別した稚魚」は「ふな尾」と言われる「1匹」だけでした。

「らんちゅう」は「フナ」を「品種改良」した「金魚」です。

「尾」が「3〜4枚」に「開き」「優雅に」「可愛く」「泳ぐ」のが「特徴」です。

「ふな尾」は「尾」が「全く開かず」いわゆる「先祖帰り」してしまった「金魚」です。

「らんちゅう」の「体(てい)を、なしていません。

「他の稚魚」に「悪影響」を「与える可能性が強い」為

「選別」(淘汰・とうた)せざるを、得ませんでした。

 

「他にも」「選別基準」に「該当する稚魚」は「何匹か」いましたが「残し」ました。

「稚魚」が「黒色」から「色変わり」するまでは「選別」する気は、ありません。

「稚魚」に「隠れた才能」がないか「確かめたい」からです。

「らんちゅう」は「フナ色」から「金魚色」に「色変わり」するのは

「孵化後」「2ヶ月」と、言われています。

 

「らんちゅうの色」は「赤色」・「白色」・「赤・白が混じった色」

 (更紗・さらさ)が「主な体色」です。

  私は「更紗模様」が、好きです。

  そして「色の配置」で「印象」が「全く異なって」しまいます。

 

「色白は百難を隠す」(いろじろはひゃくなんをかくす)という「ことわざ」が、有ります。

「意味」は

「色の白い女性」は「多少の欠点」が、有っても「美しく見える」

  です。

 

  又「蓼食う虫も好き好き」(たでくうむしもすきずき)という「ことわざ」も有ります。

 

「蓼」(たで)とは「水辺」などに「生える植物」です。

「葉や実」に「苦味」(にがみ)や「辛味」(からみ)があります。

「そんな植物」を「ホタルハムムシ」という「甲虫」(こうちゅう)は「好んで食べ」ます。

 

  その「事実」より

「人の好み」は「それぞれ」で「ずいぶんと違いがある」という事。

「多様性」に「富んでいる」

  と「解されて」(げされて)います。

 

「みんなの好み」が「一緒」だったら「恋」も「愛」も「結婚」も

「ひと握り」の者の「特権」になってしまうと、私は思っています。

「人によって」「感性が違う」のは「神」の「為した」「いたずら」なのかも、知れません。

 

  私は「金魚の色」は「金魚を選ぶ」に、あたり「大事な要素」だと、思っています。

  私は「前回のブログ」で「赤色」と「黒色」(プランターの水槽の色)の

「色の組み合わせ」は「映える」(はえる)と言いました。 

 

赤と黒」は「フランス」の「作家」「スタンダール」が「書いた」

「長編小説」の「題名」です。

 

「白と黒」は「テレビドラマ」の「題名」です。

小柳ルミ子」も「出演」していたそうです。

  私は「白色」と「黒色」の「色の組み合わせ」も「映える」と、思っています。

「白黒決着をつける」という「恋愛日記」も、あったそうです。

 

 

「島津 亜矢」(しまず あや)は「大器晩成」という「歌」を、歌いました。

「平成17年」に「日本作詞大賞」を「受賞」しました。

「作詞」は「星野 哲郎」(ほしのてつろう)でした。

 

「星野 哲郎」は「1925年生まれ」で「2010年」に「没し」(ぼっし)ました。

「戦後歌謡界」を「代表」する「作詞家」でした。

 

「星野 哲郎」の「他の代表作」としては

 

男はつらいよ」(渥美 清)

「なみだ船」「兄弟仁義」「函館の人」「風雪ながれ旅」(北島 三郎)

自動車ショー歌」「昔の名前で出ています」(小林 旭)

「雪椿」(ゆきつばき)(小林 幸子)

「涙を抱いた渡り鳥」「いっぽんどっこの唄」「三百六十五歩のマーチ」(水前寺 清子)

黄色いサクランボ」(ゴールデン・ハーフ)

「長崎の夜はむらさき」「長崎慕情」(ながさきぼじょう)(瀬川 瑛子)

「兄弟船」(鳥羽 一郎)

「お金をちょうだい」「城ヶ崎ブルース」(美川 憲一)

「みだれ髪」(美空 ひばり)

「あんこ椿は恋の花」(都 はるみ)

「さようならは五つのひらがな」(ロス・プリモス)

 

「他にも」「名曲」を「数多」(あまた)「作詞」しています。

 

「島津 亜矢」「大器晩成」「作詞」:「星野 哲郎」「作曲」:「原 譲二」

 

枝を張るのは  まだ早い

いまはしっかり  根をのばせ

大器晩成  あしたにかける

夢と 希望の  大空を

雲が流れる  悠々(ゆうゆう)と

 

まぐれ当たりも  あるけれど

それを狙えば(ねらえば)  遠まわり

大器晩成  地道な努力

ものを言う日が  くるまでは

牛の歩みを  くりかえせ

 

笑うときには  豪快に

嘘も真実(まこと)  の 一里塚

大器晩成  ただまっしぐら

若く凛々しい(りりしい)  足跡を

刻み(きざみ)つけよう  この大地(だいち)

 

 

「泳ぎ続けなければ死んでしまう魚」を「英語」で「何という」か「検索」しましたが

「出て来」ません。 

 

「Fish that does  not swim take death」

 

(泳がない魚は、死を迎える)

 

辺りが、「妥当」な気がします。