何気なく使っている言葉の意味

「すずめの涙」

 

「皆さん」は「すずめの涙」(「すずめのなみだ」) と、いう「ことわざ」を

「使った」事は「有り」ませんか?。

 

「すずめの涙」の「意味」は

 

「小さな・すずめ」が「流す程度」の「ごく・少量の涙」から「転じ」

「極めて僅かの物」の「たとえ」

 

  です。

 

 

「すずめの涙」の「類語度」と、しては

 

・「蚊の涙」(「かのなみだ」・「とても少ないと・いう意味」)

 

・「猫の額」(「ねこのひたい」・「とても狭いと・いう意味」)

 

・「姑の涙汁」(「しゅうとめのなみだじる」・「とても少ないと・いう意味」)

 

・「ごくわずか」

 

・「微々たる」

 

・「ないも同然」

 

・「ささやか」

 

  が「該当」する、そうです。

 

 

「すずめの涙」の「対義語」「検索」しても「出て来」ません

 

・「数多」(「あまた」)

 

・「沢山」(「たくさん」)

 

・「一杯」(「いっぱい」)

 

    辺りが「妥当」な「気が」します

 

 

 

「おとぎ話」(「昔話」) に「舌切り雀」(「したきりすずめ」)が、ありました。

 

「むかし むかし」あるところに」「心優しいおじいさんと・欲張りなおばあさん」が

「住んで」いました。

「おじいさん」が「怪我をした雀を助けて」から「懐いた雀:・も一緒」に、暮らしました。

 

「おじいさんが出かけた・ある日」「雀は、おばあさんが作った」「糊」(「のり」) を

「食べて」しまいました。

「怒った・おばあさん」は「雀の舌」を「ハサミで・切り」「家から・追い出し」ました。

 

「おじいさん」は「雀を探しに・山奥まで分入り」ました。

「すると、『雀のお宿』が「有り」「あの雀」が「住んで」いました。

「雀」は「糊を食べたことを・素直に謝り」「これまでのお礼にと」

「豪華な料理や・踊り」で「もてなし」ました。

 

「夜も更けた」ので「おじいさん」が「帰ろうと・すると」「雀」は「大きな・つづら」と

「小さな・つづら」の「2つの・つづら」を「用意して有り」ました。

「おじいさん」は「自分は・年寄りだから」と「小さな・つづら」を「選び」

『雀のお宿』を「後に」しました。

 

「家に帰って」「つづらを・開けてみる」と「中」には「金銀・財宝」が

「沢山」入って、いました。

「これを見て」いた「欲張りな・おばあさん」は「大きな・つづら」には「もっと沢山」の

「財宝が入っているに・違いない」と『雀のお宿』へ「向かい」ました。

 

「おばあさん」は「無理矢理」「大きな・つづら」を「持ち帰り」ました。

「雀」は「おばあさん」に「家に着く」まで「つづらを・開けるな」と「忠告」しました。

「待ち切れず」に「帰り道の途中」で「つづらを開ける」と「中から出て来た」のは

「ヘビ」「おばけ」「妖怪」でした。

 

「命からがら」「家に・逃げ帰った」おばあさん」は「おじいさん」に

「事の顛末」(「ことのてんまつ」を「話し」ました。

「おじいさん」は「欲張るものではない」と「おばあさん」に「言った」そうです

 

※「つづら」とは「ツヅラフジ」という「ツル性の植物で編んだ」「蓋つきの・衣装箱」です。

 

「童話」には「道徳観念」が「多く盛り込まれ」「大人になっても・忘れるな」と

「言わんばかり」の「ストーリー性」が「有り」ます。

「ひょっとして」「子供の時に読んだ」「童話に対する・感想」が「潜在意識」となり

「現在の自分」の「考え方」に「繋がっている」のかも「知れ」ません。

 

「ここ掘れ・ワンワン」で「有名」な「花咲か爺さん」も「似た・説教をする童話」です。

「人間の欲望を・咎める」(とがめる」)「ストーリー」に「思え」ました

「興味あ人」は「自分で・調べて」下さい。

 

ギリシャ神話」にも「パンドラの箱を・開ける」という「ことわざ」が「有り」ます。

「つづらを開ける」とは「違ったニュアンス」の「言葉」です。

「機会があった」ら「いずれまた」詳しく。

 

 

「すずめのお宿」という「童謡」が、ありました。

 

「すずめのお宿」

 

すずめ  すずめ

お宿は  どこだ

チチチ  チチチ

こちらで  ござる

 

おじいさん  おいでなさい

ごちそう  いたしましょう

お茶に  お菓子

おみやげ  つづら

 

さよなら  帰りましょう

ごきげん  よろしゅう

来年の  春に

またまた  まいりましょう

 

さよなら  おじいさん

ごきげん  よろしゅう

来年の  春の

花咲く  頃に

 

 

「桂 銀淑」(「けい うんすく」) は「すずめの涙」という「歌」を、歌いました。

 

「桂 銀淑」は「1,961年・生まれ」の「韓国・出身」の「歌手」です。

「独特」の「ハスキー・ボイス」で「数々の・ヒット曲」を「飛ばし」

「多くの・音楽賞」を「受賞」しました。

 

「作曲家」の「浜 圭介」に「見出され」(みいだされ)

「1,885年」「大阪暮色」で「日本での・歌手・デヴュー」しました。

  以後「すずめの涙」「夢おんな」「酔いどれ」「真夜中のシャワー」「悲しみの訪問客」

「花のように鳥のように」「べサメムーチョ」など「次々」と「ヒット曲を・連発」しました。

 

「1,989年」「すずめの涙」で「NHK紅白歌合戦」に「初出場」し「以降「7年連続」で

「出場」しました。

「1,987年」に「発売」された「浜 圭介との・デュエット曲」「北空港」は

「数ある「デュエット曲の中でも」「人気が高く」「常に・上位」に「ランクイン」しています。

 

「2,007年・11月」「覚醒剤取締法違反」(「所持」)で「現行犯逮捕」されました。

「桂 銀淑」は「自分が使うつもりでした」と「容疑を認め・謝罪」しました。

「結果」「懲役1年6ヶ月・執行猶予3年」の「有罪判決」を「受け」ました。

「桂 銀淑」は「国外追放」となり「日本での活動」に「終止符」が「打たれ」ました。

 

 

「桂 銀淑」「すずめの涙」「作詞」:「荒木 とよひさ」「作曲」「浜 圭介」

 

世の中であんたが  一番好きだったけれど

追いかけてすがりつき  泣いても みじめになるだけ

幸せを窓に閉じこめて  飼いならしてみても

悲しみが胸のすき間から  忍び込んでくる

たかが人生  なりゆきまかせ

男  なんかは  星の数ほど

泥んこになるまえに  綺麗にあばよ

好きでいるうちに  許してあばよ

 

もし・・・今度  生まれてくるなら  孔雀(「くじゃく」) より  すずめ

口紅も香水もつけないで  誰かと暮すわ

色づいた夢を見るよりも  ささやかでもいいの

あたしだけ飛べる青空を  持ってる人ならば

たかが人生  綺麗なときは

花よりもっと  短いはずね

酔いどれになるまえに  背中にあばよ

好きでいるうちに  許してあばよ

 

たかが人生  なりゆきまかせ

男  なんかは  星の数ほど

泥んこになるまえに  許してあばよ

好きでいるうちに  許してあばよ

許してあばよ

 

 

※ 「雀百まで踊り忘れず」

 

「雀百まで踊り忘れず」(「すずめひゃくまでおどりわすれず」) の「意味」は

 

「雀」は「地面を歩く時「チョン・チョン」と「踊りを・踊る」様に

「歩く・癖」が「有り」ます。

「その癖」が「死ぬまで・変わらない、と同じく」

「幼い頃に・付いた習慣」(「特に悪い習慣」) は「改まりにくい」事の「たとえ」

 

  だ、そうです。

 

「類義語」には

 

・「三つ子の魂百まで」(「みつごのたましいひゃくまで」)

・「頭禿げても浮気は止まぬ」(「あたまはげてもうわきはやまぬ」)

 

  が「該当」するそうです。

 

「踊り」というと「私が・大学4年生の時」「ダンスパーティー」で「踊った」

「タンゴ」を「思い出し」ます。

「ステップが・難しく」「相手の動きに合わせる」のが「やっと」でした。

 

 

「竹内 まりや」は「最後のタンゴ」という「歌」を、歌いました。

 

  私が「支店を回っていた頃」「竹内」の「名字を・持つ」

「3人の・女性役職者」が、いました。

  私は「全員」「マリア・様」(「イエス・キリストの母」) と「呼んで」いました。

 

「竹内 まりや」は 「1,955年・生まれ」の「シンガーソングライター」「ミュージシャン」です。

「夫」は「クリスマス・イブ」等で「知ら」れる 「シンガーソングライター」「ミュージシャン」

「山下 達郎」です。

 

「竹内 まりや」は「高校・在学中」に「アメリカ」の「ハイスクール」に「留学」しました。

慶應義塾大学・文学部」に「進学」しました。

「大学・在学中」は「アマチュア・バンド」に「所属」しました。

 

「1,978年」「戻っておいで・私の時間」で「プロ・デヴュー」しました。

「1,979年」「SEPTEMBER」で「第21回・日本レコード大賞・新人賞」を「受賞」しました。

「夫」の「山下 達郎」が「大晦日は、自宅でゆっくり過ごすもの」との「考え」より

「二人共」「紅白歌合戦」に「出場した事」は「有り」ません。

 

その後も「資生堂化粧品・CMソング」と、なった「不思議なピーチパイ」等が

「ヒット」しました。

「その頃の歌」は「提供を受けた・楽曲」でした。

 

「1,982年」「山下 達郎」と「結婚」しました。

「これ以降」「メディア・露出」は「殆ど」「無くなり」ました。

「同時期」に「作詞家」「作曲家」として「活動を開始」しました。

「山下 達郎」は「竹内 まりや」の「才能」に「ビックリ」した、そうです。

 

「竹内 まりや」が「提供した・楽曲」は「数多く」「大ヒット」しました。

「OLの・何気ない日常」に「焦点を当てた」「歌が・主流」でしたが

「道ならぬ道」を「題材」にした「歌」も「かなり」「作り」ました。

 

 

「竹内 まりや」「最後のタンゴ」「作詞」:「竹内 まりや」:「作曲」:「伊集院 静」

 

時代(とき) が止まったよなHALL((ホール) 誰もが二人見てるわ

まるであの頃のようで  泣いてしまいそう

別れたことが嘘みたい  雨がやむまでの時間が

二人に残された逢瀬(おうせ)  あなたから”SHALL WE?“

あれから私は燃える恋もしたわ  あなたの浮名(うきな) も何度か聞いた

隙間(すきま) のないほど抱かれても  忍びよる哀しみ(かなしみ) せつない

今だけ見つめて  踊るのよ最後のタンゴ

 

あなたの匂いが好きよ  シャツに滲んだ(にじんだ) 汗まで

独り占めしていたいの  抱いて  抱いて  もっと

誰か待つ人がいても  この曲が終わるまでは

私だけ見つめていて  その指で”HOLD ME!”

雨が上がったら大人の顔して  夢の出来事にしてしまうから・・・

DANCING

戻れない二人と知っても  吐息(いき)がかかるたびよみがえる

このまま踊るの  もう今宵限り(こよいかぎり) のタンゴ

隙間のないほど抱かれても  忍びよる哀しみせつない

このまま踊るの  お別れに最後のタンゴお別れに  

最後のタンゴ

 

 

「すずめの涙」を「英語」で「言う」と

 

「Sparrow  Tears」

 

  (「すずめの涙」)

 

  と「言う」そうです。

 

「因み」に「ツバメ」を「英語」で「Swallow」と「言い」ます。(「よく似ています」)