何気なく使っている言葉の意味

「魚心 あれば・水心」

(「うおごころ あれば・みずごころ」)

 

「皆さん」は

「魚心 あれば・水心」

   と、いう

 

「ことわざ」を
「使っった・事」は

「有・り」ませんか?

 

「魚心 あれば・水心」の

「意・味」は

「下・記」だ、そうです。

 

「あなた」が

「私」を

「好きに・なって」

「くれ・れば」


「私」も

「あなた」を

「好きに・なる」

 

「あなた」の
「出方・次第」で

「私の・態度」も

「変わり・ますよ」

 

   と、いう

「意・味」で

 

「魚心 あれば・水心」と

「使・う」の が
「本来の・使い方」の
「ことわざ」だ、そうです。

 

「しかし」

「テレビ・ドラマ」や

「時代・劇」で は

 

「魚・心」や

「水・心」を

「下・心」に

「置き・換え」

 

「持ちつ・持たれつ」と

汚職の・場面」等で

「この・ことわざ」が

「使わ・れて」います。

 

「その ため」

「魚心 あれば・水心」に

「悪・い」

「イメージ」を

 

「持つ・人」が

「い・る」

「そうです」が

「誤・解」です。

 

「魚心 あれば・水心」の

「由・来」は

「下・記」だ、そうです。

 

「本・来」は

「魚、心 あれば、水、心 あり」

(「うお、こころ あれば、

    みず、こころ あり」)

 

   と、いう

「言葉・だった」

   そうです。

 

「時の・経過」と

「共」に;「誤っ・て」

「魚・心」

「水・心」と

 

「 、」を

「省・略」し

 

「一・つ」の

「熟語と・して」

「使わ・れる」

「様」に、なり

 

「魚心 あれば・水心」の

「言い・回し」が

「定着・した」事 が

「由・来」だ、そうです。

 

「水に・棲む」(「すむ」)
「魚」

「水」に「対し・て」

「好意を・持ち」


「水」も

「魚」に「対し・て」

「好意を・持つ」

    と、いう

 

「相思・相愛」の

(「そうし・そうあい」)

「関・係」が

「魚心 あれば・水心」の

「意・味」だ、そうです。

 

「魚心 あれば・水心」の

「代表・的」な

「使用・例」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「今・まで」

 「タイプ」で は

 「無かっ・た」

 「男・性」に

 

 「好き だ」

 「好き だ」と

 「言われ・続け」て

 「いた」ら

 

 「魚心 あれば・水心」で

 「いつの・間」に か

 「だん だん」と

 

 「彼の・こと」が

 「好き・に」
 「成っ・て」しまった。

 

・「彼」は「好きな・女性」に

 「チョット」し た

 「誕生日・プレゼント」を

 「渡・し」た。

 

 「こ れ」を

 「キッカケ」に

 「魚心 あれば・水心」で

 「自・分」に

 

 「関・心」を

 「持って・くれる」

 「事」を「期待・して」
 「いる」そうだ。

 

「魚心 あれば・水心」の

「類義・語」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「水魚の・交わり」

 (「すいぎょの・まじわり」)

 

 「水と・魚」が

 「切っても・切れない」

 「関係に・ある」様 に

 

 「離れる・事」の
 「出来・ない」

 「親密な・関係」の 

 「男・女」の 事

 

 「あるい は」

 「夫婦・仲」が

 「睦ま・じい」事 の

 「たとえ」だ、そうです。

 

・「持ちつ・持たれつ」
 (「もちつ・もたれつ」)

 

 「互・い」に

 「助け・合う」

 「事」や

 

 「相・互」に

 「助け・たり」

 「助け・られる」事 の

  「意・味」だ、そうです。

 

 「時代・劇」等 で

 「悪人・同士」が

 「持ちつ・持たれつ」で

 「いきましょうや」と

 

 「言う・時」に は

 「悪い・ニュアンス」で
 「使わ・れて」います。

 

「魚心 あれば・水心」の

「対義・語」は

「下・記」だ、そうです。

 

「落花・流水」

(「らっか・りゅうすい」)

 

「散っ・て」

「川に・落ちた」
「花」の

 

「水」に「対・する」

「思慕の・念」に

「対・して」

「水」は


「知らぬ・顔」で

「受け・流す」

   と、いう
「意・味」だ、そうです。

 

「恋愛・関係」で は

「魚心あれば・水心」は

「相思・相愛」を

「意・味」し

 

「落花・流水」は

「片・思い」を

「意味・する」そうです。

 

 

「井上 陽水」は

(「いのうえ ようすい」)

「心 もよう」

    と、いう

「歌を・歌い」ました。

 

「1,973・年」に

「リリース」し た

「サード・シングル」で

 

オリコン・7 位」に

「成・り」ました。

 

「井上 陽水」は

「1,948 年・生まれ」で

「福岡県・飯塚市
「出・身」の

 

「シンガー・ソング・ライター」

「作 詞・家」「作 曲・家」です。

 

「代表・曲」に

 

「少年 時代」「心 もよう」

「いっそ セレナーデ」

「夢の 中へ」等 が

「有・り」ます。

 

「中学生 の・頃」か ら

ビートルズ」に

「熱・中」し

「仲間 内・のみ」ならず

 

「町・内」で も
「音楽・狂」

   と、して

「知ら・れて」いました。

 

「県・立」「西田川・高校」

「卒業・後」

「父」が「開業・する」

「歯 科・医院」の

 

「後継・者」と

「成・る」事 を

「期待・され」

 

「九州 歯科・大学」を

「受験・する」も

「不・合格」と
「成・り」

 

「浪人・生」と

「し て」

「予備・校」に

「通い・始め」ました。

 

「次の・年」に も

「受験・する」も

「失・敗」し

「二 ・浪」を

 

「更・に」

「次の・年」に も

「受験・する」も

「失・敗」し

 

「三・浪」を

「経・験」し

 

「更・に」

「翌・年」に も

「受験・する」も

「失・敗」し

 

「大学・進学」を

「諦・め」ました。

 

「そ の・後」

「父を・始め」

「家・族」に は

 

「上・京」し

「大学・進学」を

「目・指す」と

「嘘を・つき」

 

「歌・手」に

「成・る」為 の

「活・動」を

「始・め」ました。

 

「1,969・年」に

「リスナー・参加」の

「ラジオ・番組」に

 

「自・作」の

「デモ・テープ」を

「持 ち・込み」ました。

 

「同・テープ」は

「ラジオ」で

「放送・され」

 

「多・く」の

「リスナー」か ら

「リクエスト」の

「要求が・有り」

 

「番組・関係者」か ら

「音楽・事務所」を

「紹介・され」ました。

 

「1,972・年」に

「ファースト・シングル」

「人生 が 二度 あれば」で

「デビュー」しました。

 

「同・曲」は
「200 位・以下」で

オリコン・圏 外」でした。

 

「同・年」に
「ファースト・アルバム」

「断 絶」を

「リリース」しました。

 

「同・アルバム」は

オリコン・8 位」と

「成・り」

 

「陽 水」の「名」は

「一・躍」に、して

「全・国」に

「知れ・渡り」ました。

 

「1,973・年」に

「4 th・シングル」

「心 もよう」を

「リリース」し

 

オリコン・7 位」に

「成・り」

「出世・作」に

「成・り」ました。

 

「同・年」に

「リリース」し た

「サード・アルバム」

 

「氷 の 世界」が

オリコン・1 位」に

「成・り」

 

「日本・初」の

「ミリオン・セラー」

「アルバム」に

「成・り」ました。

 

「1,974・年」の

「4 th・アルバム」

「二色 の 挟楽」

 

「1976・年」の
「5 th・アルバム」

「招待状 の ないショー」

 

「1,993・年」の

「14 th・アルバム」

「UNDER THE SUN」が

 

オリコン・1 位」に

「成・り」ました。

 

「1,985・年」に
「リリース」し た

「ファースト」

「カバー・アルバム」

 

「9、5 カラット」が

オリコン・1 位」で

「且・つ」(「か つ」)

 

「自・身」「2 作・目」の

「ミリオン・セラー」に

「成・り」ました。

 

「同・年」

「同・アルバム」で

「レコード・大賞」

「作曲・賞」と

 

「アルバム・賞」を

「受・賞」しました。

 

「1,977・年」に

大麻 所持・容疑」で

「逮・補」さ れ

 

「懲役・8 ヶ月」

「執行・猶予」

「2・年」の

 

「判・決」を

「受・け」ました。

 

「記者・会見」で

「陽 水」は

「自・分」は「酒」が

「飲め・ない」の で

 

「くつろぐ」為 に

マリファナ」を

「吸っ・た」と

「発・言」しました。

 

「1,999・年」に
「デビュー・30 周年」を

「記・念」し て

「13 th・ベスト アルバム」

 

「GOLDEN BEST」を

「リリース」し

「ダブル・ミリオン」に

「成・り」ました。

 

「現・在」

「72・歳」です が

「最・新」の

「情・報」を

 

「見つ・ける」

「事」が

「出来・ません」でした。

 

「私・生活」で は

 

「1,974 年」

「26 歳 の・時」に

熊本県・出身」の

「一般人・女性」と


「結婚・しました」が

「1,976 年」に

「離・婚」しました。

 

「1,979・年」

「30 歳 の・時」に

「ハーフ」の

「歌・手」

 

「石川 セリ」と
「再・婚」し


「同・年」に

「長・女」が

「誕・生」しました。

 

「紅白・歌合戦」へ  の

「出場・歴」は

「無・い」様 です。

 

 

「井上 陽水」

「心 もよう」

「作・詞」「作・曲」

「井上  陽水」

 

さみしさ の つれづれ に

手紙 をしたためて います あなた に

黒い インク が きれい でしょう

青い びんせん が 悲しい でしょう?!

 

あなたの 笑い顔 を不思議なことに

今日 は覚えて いました

19 才 に なった お祝い に

作った 歌も忘れたのに

 

さみしさ だけを 手紙 に つめて

ふるさとに すむ あなた に 送る

あなた に とって

見 飽き (「み あき」) た 文字 が

季節 の 中で 埋も (「うも」) れて しまう

 

遠くで 暮らす 事が

二人に 良くない のは

わかって いました

くもり ガラス の 外は 雨

私 の 気持ちは 書けません

 

さみしさ だけ を手紙 につめて

ふるさと に すむ あなた に 送る

あなた に とって 見飽きた 文字 が

季節 の 中で 埋もれて しまう

 

あざやか 色の 春は かげろう

まぶしい 夏の 光は 強く

秋風 の 後 雪 が 追い かけ

季節 は めぐり あなた を 変える

 

 

※「気 は・心」

(「き は・こころ」)

 

「気 は・心」の

「意・味」は

「下・記」だ、そうです。

 

「他人の・ため」に
「する・事」は

「たとえ」

「わずか」でも

 

「それ は」

「真心の・表れ」だ

   と、いう

「意・味」だ、そうです。

 

「気 は・心」は

「贈り・物」を
「する・時」に

「使わ・れる」

「事」が「多・い」

「言・葉」です。

 

「高価で・無く」

「量も・少なく」

「大した・物」で は

「無・い」が

 

「気持・ち」は
「込め・られ」て

「い る」の で

「こんな・物」で
「申し訳・ない」が

「受け取って・くれ」
   と、いう 様な

 

「言い・回し」に

「成・り」ます。

 

「気 は・心」の

「語・源」は

「下・記」だ、そうです。

 

「気」と は

「何かを・やろう」と

 「する」

「思・い」や

 

「思い・付く」と

「い う」

「意・味」だ、そうです。

 

「心」と は

「喜びや・楽しさ」と

「いう」

「精神・作用」や

 

「思い・やり」と

「いう」

「意・味」だ、そうです。

 

「気 は・心」と は

「元・々」は

「誰かの・為」に

「する・事」は

 

「自分の・喜び」と
「いう」

「意味・でした」が

「段・々」に

 

「他人の・ため」に

「する・事」は

「たとえ」

「わずか」で も

 

「真・心」の

「表・れ」と

「い う」

 

「意味・合い」に

「成っ・た」事 が

「語・源」だ、そうです。

 

「気 は・心」の

「代表・的」な

「使用・例」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「彼・女」の

 「好・み」も

 「知ら・ず」に


 「高・価」な

 「プレゼント」を

 「す る」

 「彼」は

 

 「おそらく」

 「気 は・心」と、いう

 「言・葉」を

 「知ら・ない」の だろう。

 

・「彼・女」は

 「お金が・ない」の で

 「気 は・心」と

 「言い・ながら」

 

 「手・編み」の

 「セーター」を

 「プレゼント」し て

 「く れ」た。

 

 「真・心」が

 「込もって・いて」

 「他」の


 「どん な」

 「高価・な」

 「プレゼント」

 「より」も

 

 「ズッ・と」

 「嬉・れ」しい。

 

「気 は・心」の

「類義・語」は

「下・記」だ、そうです。

 

・「志 は・木の葉に 包む」
 (「こころざし は

  このはに つつむ」)

 

 「贈る・人」の

 「心が・こもって」

 「い れ」ば

 

 「木の葉で・包む」

 「様」な

 「みすぼら・しい」
 「贈り・物」で も

 

 「受け・取る」

 「人」は

 「贈り・物」の
   「価・値」を

 

 「察し・て」

 「くれ る」と

 「い う」

 「意・味」だ、そうです。

 

「気 は・心」の

「対義・語」を

「検索・して」も

「出て・来」ません。

 

・「体裁を・整える」

 (「ていさいを・ととのえる」)

 

 「他・人」から
 「見」て

 「外・見」が

 「実際・より」も


 「良く・見える」

 「様」に

 「繕・う」事 で

 (「つくろ・う」) 

 

 「見・栄え」を

 (「み・ばえ」)

 「重・視」して

 

 「内・容」が

  「伴って・いない」

    と、いう

 「意・味」です。

 

 「辺・り」が

 「妥・当」な

 「気」が、します。

 

 

「東京 事変」は

(「とうきょう じへん」)

 

「心」

   と、いう

「歌を・歌い」ました。

 

「2,012・年」に

「リリース」し た

「ファースト」

 

カップリング・

「アルバム」

「深夜 枠」に

「収録・されて」います。

 

「同・アルバム」は

オリコン・3 位」に

「成・り」ました。

 

「東京 事変」は

「シンガー・ソング・

   ライター」の

 

「椎名 林檎」を

(「しいな りんご」)

「中・心」に

 

「2,003・年」に

「結成・された」

「男女・5 人組」の

「ロック・バンド」です。

 

「代表・曲」に

 

「群青 日和」「透明 人間」

「OSCA」「キラー チューン」

「能動的 三分間」等 が

「有・り」ます。

 

「2,004・年」に

「ファースト・シングル」

「群青 日和」で

(「ぐんじょう びより」)

「デビュー」しました。

 

「同・曲」は

オリコン・2 位」でした。

 

「2,006・年」に

「セカンド・アルバム」

「大人」(「アダルト」) を

「リリース」し

 

「自身・初」の

オリコン・1 位」に

「成・り」ました。

 

「2,009・年」に

「6 th・シングル」

「能動的 三分間」を

「リリース」し

 

「シングル」で は

「初」の

オリコン・1 位」に

「成・り」ました。

 

「以・後」の

オリコン・1 位」

「作・品」は

「下・記」です。

 

「2,010・年」の

「4 th・アルバム」

「スポーツ」

 

「2,010・年」の

「8 th・映像作品」

「ウルトラ C」

 

「2,011・年」の

「5 th・アルバム」

「大 発見」

 

「2,012・年」の

「ファースト」

「ライブ・アルバム」

「東京 セレクション」

 

「2,012・年」の

「10 th・映像 作品」

「Discovery」

 

「2,012・年」の

「11  th・映像 作品」

「Bon Voyage」

 

「2,012・年」の

「12 th・映像 作品」

「珍プレー 好プレー」

 

「2,012 年・1 月」に

「バンド」の

「解・散」を

「発・表」し

 

「同年・2 月」に

「日本・武道館」

「で の」

 

「解・散」

「コンサート」を

「以っ・て」
「解・散」しました。

 

「2,020 年・1 月」に

「解散・当時」の
「メンバー」で の

 

「再・結成」が

「発表・され」ました。

 

「同年・4 月」に

「7 th・アルバム」

「ニュース」を

「リリース」しました。

 

「同・アルバム」は

オリコン・2 位」に

「成・り」ました。

 

「紅白・歌合戦」へ の

「出場・歴」は

「無・い」様です。

 

 

「東京 事変」「心」

「作・詞」「作・曲」

「椎名 林檎」

 

こころと 云う (「いう」) 毎日

聞いて いる ものの

所在 (「しょざい」) だって

私は 全く 知らない

儘 大人 (「まま おとな」) に

なって しまったんだ

 

頬に 注いだ 太陽に 肖る 快感

(「ほほに そそいだ たいように

あやかる かいかん」)

前を 睨んで (「にらんで」) 性を

受け直す 瞬間

手に取って 触るだけで

解った 気に なっていた

私に 然様なら (「さようなら」)

 

妙な 甘えで もう

誰も 失いたく ない

逢って 答えを そっと

確かめたい けど

触れ合いに 逃避する のは 禁止

戸惑いつつも 変えて いるんだ

 

生まれて しまった 恥じらい を

今日 嘲笑 (「わら」) わず

耐えて 居たい (「いたい」)

私 何度 溺れた (「おぼれた」) と して

泳ぐことを 選んだん だって

 

宵の 苦悩に 苛まれ ながら 覚醒

(「よいの くのうに さいなまれ ながら

かくせい」)

縦横無尽 に 感じ 剥がして いく 行程

(「じゅうおうむじん に かんじ

はがして いく こうてい」)

此処で (「ここで」) 見抜いて

新しく 会って 

向き合う 私に 気付いて

 

汚れて (「よごれて」) しまった

恥じらい を

今日 受け止めて 添い (「そい」) たい

私は 何度 堕ちた (「おちた」) と して

生きること を 選んだん だって

 

雲すら とうに 逃げた 後の

秋ヶ瀬 公園 は

(「あきがせ こうえん」) 

私の 全く知らない 様な

刺々しい 冬を 唄う

(「とげとげしい」) 

心と 云う 毎日

聞いている もの の 所在だって

私は 全く 知らない 儘 大人 に

なって しまった んだ

 

 

「魚心 あれば・水心」を

「英・語」で

 

 「You sctach my back and 

      I’ll sctach yours」

 

 (「私の背中 を 掻いて(「かいて」) 

       くれるなら あなたの 背中も 掻きましょう」) と

 

 「言・う」そうです。