何気なく使っている言葉の意味

「目・ざとい」

(「め・ざとい」)

 

「皆さん」は

「目・ざとい」

   と、いう

「慣 用・句」を

 

「使った・事」は

「有・り」ませんか?


「目・ざとい」の

「意・味」は
「下・記」だ、そうです。

・「漢 字・では」

 「目聡い や・目敏い」と

 「表 記・する」

    そうです。

 

 「隠されて いる・もの」や

 「知られて いない・もの」を

 「見つけ出す 能力が・高い」

 「様・子」や

 

 「周囲 の・状況」や

 「人の 意図・など」を

 「素早く 察知・する」

 「様・子」と

 「ポジティブ」な

 「ニュアンス」で

 「用い ら・れる」
 「一・方」で

 「自分の 利益に・なる」

 「事」に

 「いち 早く・気付き」

 「抜け目 が・無い」と

 

 「ネガティヴ」な

 「ニュアンス」

      で も

 「用いられる・ので」

 「使用する 際・には」

 「注意 が・必要」な

 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「目・ざとい」の

「由・来」は
「下・記」だ、そうです。

 

・「目+早い」が

 「変化した 言葉と・され」

 「元・々」は
 「目が早い=すぐに見つける」と

 

 「い う・意味」で

 「使われていた・事」が

 「由・来」の
 「慣 用・句」で

 

 「現 代・では」

 「視覚 だけで・無く」

 「物事 に・対する」

 「洞察力 の・鋭さ」も

 (「どうさつりょく」)

 

 「含む 様に・なった」

    そうです。

 

「目・ざとい」の

「代 表・的」な

「使 用・例」は
「下・記」だ、そうです。

 

・「彼・女」は

 「デパート」の

 「バーゲン・セール」で

 「目・ざとく」

 

 「掘り 出し・物」を

 「見 つ・け」て

 「手 に・入れ」た。

 

・「友・人」は

 「普・段」は
 「ボンヤリ して・いる」が
 「自分の 利益に・なる」

 

 「事 と・なる」と

 「目・ざとく」て

 「素 早・く」

 「行・動」する。

 

「目・ざとい」の

「類 義・語」は
「下・記」だ、そうです。

 

・「鼻 が・利く」

   (「はなが・きく」)

 

・「わずかな 兆候・から」

 「役立つ 事や・変化」を

 「嗅 ぎ・分け」て

 (「かぎ」)

 

 「見つけ・出す」

 「能力 が・ある」と

 「い う・意味」の

 「慣 用・句」で

 

 「主・に」
 「嘘や変化を 見抜く・力」や

 「自分の 利益になる・事」を

 「見つけ・出す」

 「鋭い 直感力が・あり」

 「嗅覚が 敏感な・人」と

 (「きゅうかく」)

 「い う・意味」だ

    そうです。

 

「目・ざとい」の

「対 義・語」は
「下・記」だ、そうです。

 

・「鈍・感」

   (「どんかん」)

 

・「感じ方や 反応が・鈍い」や

 「気が 利か・ない」と

 「い う・意味」の

 「二 字・塾語」で

 

 「多く の・場合」

 「他人 の・気持ち」や

 「場の空気を 読む・事」が

 「苦手な 人を・指し」

 

 「ネガティヴ」な

 「ニュアンス」で

 「用い ら・れる」
    そうです。

 

 

「庄野 真代」は

(「しょうの まよ」)

 

「悲しみって やつは

   めざとい からね」の

「歌詞 が・ある」

 

「マスカレード」

(「仮面舞踏会」)

   と、いう

「歌 を・歌い」ました。

 

「1980・年」に

「リリース・した」

「7 th ・アルバム」

「Last Show」に

 

「収 録・され」て

   います。

 

「同・アルバム」の

オリコン・順位」は

「いくら 調・べて」も

「不・明」です。

 

「庄野 真代」は

「1954 年・生まれ」で

大阪府大阪市

「出・身」の

 

「シンガーソング・
   ライター」

「女・優」です。

 

「府・立」

「東淀川・高校」

(「ひがしよどがわ」)

「在 学・中」に

「オーディション」に

「出 場・する」等

「音 楽・活動」を

「始・め」

 

「1974・年」

「20 歳の・時」に

「フォーク・音楽祭」の

「関 西・大会」で

グラン・プリ」を

「獲 得・して」

「音 楽・事務所」に

「スカウ・され」て

 

「芸能界・入り」を

「果 た・し」ました。

 

「1976・年」に

「リリース・した」

「ファースト・アルバム」

「あとりえ」で

 

「メジャー・デビュー」し

「都 会・派」

「ニュー・ミュージック」の

「女性歌手 と・して」

「音楽界・から」

「注 目・され」

   ました。


「残 念・なが」ら

「同・アルバム」の

オリコン・順位」は
「不・明」です。

 

「代 表・曲」に

 

「飛んで イスタンブール

モンテカルロ で 乾杯」

「マスカレード」等が

「有・り」ます。

 

「1978・年」に

「リリース・した」

「5 th・シングル」

「飛んで イスタンブール」が

 

「自身 最高位と・なる」
オリコン・1 位」の

「大 ヒット・曲」に

「成・り」

 

「紅 白・歌合戦」に

「初・出場」しました。
(「紅 白・出場」は

    こ の・1 回 のみ」)

 

「1980・年」

「26 歳の・時」に

「一 時・休業」
「宣 言・して」


「28カ国・132 都市」を

「渡 り・歩く」

「世 界・一周」の

「旅 に・出」ました。

 

「そ の・際」に

「トルコ 最大の・都市」

イスタンブール」を

「訪問 しま・した」が

 

「飛んでイスタンブール」の

「曲の 歌詞の・イメージ」と

「実際 の・景色」が
「全く異なった・ので」

「非常 に・驚い」た

   そうです。

 

「帰 国・後」に

「歌 手・活動」を

「再 開・する」と

「共」に

 

「執・筆」や

「講 演・活動」も

「始・め」ました。

 

「1989・年」に

「フ ジ・テレビ 系」で

「放 送・され」た

「テレビ・ドラマ」

 

教師びんびん物語」に

「出 演・して」

「女 優・デビュー」を

「果 た・し」ました。

 

「2000・年」

「45 歳の・時」に

「法 政・大学」

「人間環境・学部」に

 

「入 学・して」
「1 年・間」の
「英 国・留学」を

「経・て」

「2004・年」に

「卒・業」しました。

 

「同・年」に

早稲田大学・大学院」

「国際関係・研究科」に

「入 学・して」

 

「2006・年」
「50 歳の・時」に

「同大学院・同研究科」を

「修・了」しました。

 

「2010・年」に

「行 わ・れた」

参議院・議員」

「通 常・選挙」に

 

民主党・から」

比例区 で・立候補」

「し ま・した」が

「落・選」しました。

「人 道・的」

「支援活動・にも」

「献 身・的」に

「尽 力・して」

 

「2018 年・より」

「東京都・世田谷区」

   に て

「こども・食堂」

 

「しもきた・キッチン」を

「主 宰・して」
(「しゅさい」)

「子 供・達」に

「温かい・食事」や

 

「交流 の・場」を

「提供 して・いる」

   そうです。

 

「2019 年・には」

NPO・法人」

「国境なき 楽団・PLUS」の

「代表に 就任・して」

 

「文 化・支援」や

「地 域・活動」を

「展開 して・いる」

   そうです。

 

「現 在・71 歳」

   です か


「上記 の・活動」の

「他」に

「コンサート」を

「中・心」に

 

「精 力・的」に

「活躍 して・いる」

   そうです。

 

「私・生活」

   で は

 

「1977・年」

「23 歳の・時」に

「6 歳・年上」の

「作 曲・家」

 

「小泉 まさみ」と

「結・婚」しました。

 

「二人 は・ニ女」を

「儲 け・る」も

「理・由」は

「不 明・です」が

 

「1987・年」に

「離・婚」しました。

 

 

「庄野 真代」

「マスカレード」

「作・詞」「竜 真知子」

「作・曲」「筒美 京平」

 

恋人に 捨てられた

あの娘は サロメの衣裳

  (「こ」)

悪い女に 見られたくって

裸足で踊る ジルバ

近づく俺は 今日も

あわれな ドン・キホーテ

真面目 なのさと

言えば 言うほど

笑い者 なんだね

 

手持ちの カード

取り換えるように

別な誰かに なりすまし

うまく かわしなよ

うまく かわしなよ

悲しみって やつは

めざとい からね

 

ああ南へ 行こうよ

夢に見た エルパソ

国境 越えれば

太陽の エルパソ

アディオ・アミーゴ

アディオ・お別れさ

男と女の マスカレード

マスカレード

 

別れまぎわに あの娘が

くれた魔よけの 指輪

馬鹿だよ これを

ひとに やるほど

幸せじゃ ないくせに

涙で少し 落ちた

心の メークアップ

泣けば いいのさ

俺の前 なら

遠慮など いらない

 

悪い星の下 生まれた同士

別な誰かに なれるなら

うまく かわしなよ

うまく かわしなよ

悲しみって やつは

しぶとい からね

 

ああ南へ 行こうよ

憧れの エルパソ

涙も乾くさ 太陽のエルパソ

アディオス・アミーゴ

アディオス・お別れさ

男と女の マスカレード

 

 

※「あざ と・い」

 

「テレビ・朝日 系」で

「毎 週・金曜日」

「0:45〜1:20」に

「バラエティ・番組」

 

「あざとくて 何が悪いの?」が

「放 送・され」て

   います。

 

「あざ と・い」の

「意・味」は
「下・記」だ、そうです。

 

・「本・来」は
 「やり方 が・露骨」で

 「図 々・しい」や

 「抜け目 が・なく」

 

 「計 算・高い」と

 「ネガティヴ」な

 「ニュアンス」の

 「慣用句・でした」が

 

 「2010 年・代」に

 「計算された・可愛らしさ」や

 「演出された・魅力」を

 「意 味・する」

 

 「あざと・可愛い」

    と、いう

 「言葉が 生・まれ」
 「ポジティブ」な

 

 「ニュアンス・でも」

 「用いられて・いる」

    そうです。

 

「あざ と・い」の

「由・来」は
「下・記」だ、そうです。

 

・「あざ と・い」の

 「由 来・には」

 「諸説 あり・ます」が

 「戯 る・から」

 (「あざる」) 

 

 「あざ と・い」へ

 「変 化・した」と

 「い う・説」が

 「有・力」だ、そうです。

 

 「戯 る・とは」

 「たわむ・れる」や
 「ふざける・から」

 「転 じ・て」

 

 「抜け目 が・ない」や

 「ず る・賢い」と

 「い う・意味」に

 「変化 した・事」が

 

 「由・来」の
 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「あざ と・い」の

「代 表・的」な

「使 用・例」は
「下・記」だ、そうです。


・「友・人」は
 「彼・女」の

 「あざとい・笑顔」や
 「仕・草」に

 「メロメロ」で

 「首 っ・丈」だ

 (「くびっ・たけ」)

    そうだ。

 

・「彼・女」の
 「計 算・され」た

 「あざとい・仕草」は

 「小 悪魔・的」で

 

 「男・性」は
 「虜に なって・いる」が

 (「とりこ」)

 「女 性・には」

 「評判 が・悪い」そうだ。

 

「あざ と・い」の

「類 義・語」は
「下・記」だ、そうです。

・「抜け目 が・ない」

   (「ぬけめ が・ない」)

 

・「自・分」の

 「利益を 得る・為」や

 「目的 の・為」に

 「要領よく 振る・舞い」

 「他・人」に

 「隙を 見せ・ない」

 「様・子」と

 「い う・意味」の

 

 「慣 用・句」だ

    そうです。

 

「あざ と・い」の

「対 義・語」を

「検 索・して」も

「出 て・来」ません。



・「飾り気 が・無い」

   (「かざりけ が・ない」)

 

・「必 要・以上」に

 「自分を大きく 見せ・たり」

 「見栄を 張ったり・せず」に

 「本・来」の

 

 「あり の・まま」の
 「姿 で・いる」と

 「い う・意味」の

 「慣 用・句」です。

 

 「辺・り」が
 「妥・当」な

 「気」が、します。



「布袋 寅泰」は

(「ほてい ともやす」)

 

「どんなに あざとい

   ペテン師 も」の

「歌詞 が・ある」

 

「Poison」

(「毒」)

   と、いう

「歌 を・歌い」ました。

 

「1995・年」に

「リリース」

   し た

「9 th・シングル」で

 

「三・貴」

「ブティック JOY」の

「C M・ソング」に

「起 用・され」て

 

オリコン・2 位」の

「大 ヒット・曲」に

「成・り」ました。

 

「布袋 寅泰」は

「1962 年・生まれ」で

群馬県高崎市

「出・身」の

 

「ロック・
   ミュージ シャン」

「ギタリスト」

「俳・優」です。

 

「幼 い・頃」

   か ら

「ピアノ」を

「習 い・始め」

 

「中学生 の・時」に

「ギタリスト」の

「道」を

「歩 み・始め」ました。

 

「地元に 在・する」

「私・立」

新島学園・高校」

(「にいじま」)

「在 学・中」に

 

「ロック・バンド」を

「結 成・して」

「数・々」の

「コンテスト」に

 

「出 場・して」

「注目 を・浴び」

   ました。

 

「高校卒業・直前」に

「長髪 だった・髪型」を

「学校側・から」

「指摘 された・事」に

 

「抗 議・して」

「中・退」しました。

「1981・年」に

「氷室 京介」等と

(「ひむろ きょうすけ」)

「男 性・4 人組」の

「ロック・バンド」

 

BOOWY」を

(「ボウイ」)

「結 成・して」

「ギタリスト」

   と、して

 

「メジャー・デビュー」を

「果 た・し」ました。

 

「BOOY」の

「代 表・曲」に

 

「MARIONETTE」

「BEAT EMOTION」

「PSYCHOPAS」等が

「有・り」

 

「いずれ の・曲」も

オリコン・1 位」で

「ミリオンセラー・以上」を

「記 録・して」います。

 

「1987・年」に

「人気絶頂・だった」

BOOWY」は

「惜しまれ・つつ」

 

「東 京・ドーム」に

「於 け・る」

「解 散・ライブ」の

「LAST GIGS」を


「以っ・て」
「解・散」しました。

 

「解 散・後」に

「発 売・され」た

「セカンド」

「ライブ・アルバム」

 

「LAST GIGS」は

「解 散・した」

「バンドと・して」は

「異例 と・なる」

 

「150・万枚」を

「売 り・上げ」

「ミリオン・セラー」を

「記・録」しました。

 

「布袋 寅泰」は

「1988・年」に

「リリース・した」

「ファースト・アルバム」

 

「GUITARHYTHM」で

「ソロ・デビュー」を

「果 た・し」ました。

 

「同・アルバム」は

オリコン・2 位」の

「大 ヒット・作」に

「成・り」ました。

 

「ソ ロ・での」

「代 表・曲」に

 

「POISON」

「MERRY- GO - ROUND」

「バンビーナ」等が

「有・り」ます。

 

「1991・年」に

「リリース・した」

「サード・シングル」

「BEAT EMOTION」が

 

「自 身・初」の

オリコン・1 位」に

「成・り」ました。

 

「同・年」に

「リリース・した」

「セカンド・アルバム」

「GUITARHYTHM Ⅱ」

 

「1995・年」に

「リリース・した」

「10 th・シングル」

「スリル」

 

「1995・年」に

「リリース・した」

「ファースト・
   ベストアルバム」

「GUITARHYTHM

   FOREVER Vol.1」

 

「1996・年」に

「リリース・した」

「5 th ・アルバム」

「King & Queen

 

「1999・年」に

「リリース・した」

「サード・
   ベストアルバム」

「GREATEST HITS」が

 

「各・々」

オリコン・1 位」の

「大 ヒット・作」に

「成・り」ました。

 

「2000 年・には」

「187・cm」の

「長・身」と

「強・面」の

(「こわ・もて」)

「風・貌」を

(「ふう・ぼう」)

「見 込・まれ」て

「東 映・映画」


「新・仁義なき 戦い」に

「出 演・して」

「演・技」が

「評 価・され」て

 

「日 本・アカデミー 賞」

「最・優秀」

「新 人・男優賞」を

「受・賞」しました。

 

「2012・年」に

「家 族・3 人」で
「ロンドン」に

「移・住」しました。

 

「現 在・64 歳」

   です が

 

「2025 年・4 月」に

「リリース・した」

「最 新・アルバム」で

「22 th・アルバム」

 

「GUITARHYTHM Ⅷ」が

オリコン・5 位」に

「成・り」

「人気 は・健在」です。

 

「私・生活」

   で は

 

「1985・年」に

「赤道小町 ドキッ」が

「代 表・曲」の

「歌・手」

 

「山下 久美子」と

(「やました くみこ」)

「結 婚・する」も

「1997・年」に

「離・婚」しました。

 

「1999・年」に

「PRIDE」が

「代 表・曲」の

「歌・手」

 

「今井 美樹」と

(「いまい みき」)

「再 婚・して」

今井美樹 に・よる」

 

「略 奪・婚」と

(「りゃくだつ・こん」)

「評・判」に

「成・り」ました。

 

「2002・年」

「40 歳の・時」に

「第一子・長女」が

「誕・生」しました。

 

「現・在」は
「家 族・3 人」で
「イギリス」の

「ロンドン」で

 

「暮らして・いる」

   そうです。

 

「紅 白・歌合戦」
   へ の

「出 場・歴」は

「無・い」様 です。

 

 

「布袋 寅泰」

「Poison」

「作・詞」「YUKINOJO MORI」

「作・曲」「布袋 寅泰」

 

Love! Love! Love!  

Love is a poison...

Baby...銀の指輪で

12 時間の針に 手錠を掛けろ

時間を 止めた時から

物語の 扉が開く

 

二人の出逢いが 遅すぎて

悲劇を 招くとしても

愛し合う 他に

何が出来る だろう

 

Baby...死んでいたのさ

おまえの瞳に 恋するまでは

痛みも ときめきもなく

時の砂にただ 埋もれてた

 

おまえの涙が 乾くなら

愛しい罪を 犯そう

孤独で張り裂けそうな 身体

闇に 燃やして

 

接吻でそそぐ せつなさは

(「くちづけ」)

二人だけの 夜を

今日も 狂わせる

毒薬 (「ポイズン」)

抱きしめるたびに 怖くなる

溢れ出した 愛が

おまえ 壊しそうで

 

どんなにあざとい ペテン師も

自分には 嘘はつけない

狂おしい夜の ために

(「くるおしい」)

人は生きるの だから

 

離れても響く せつなさは

ひとり眠る 夜の夢を

熱く する

毒薬 (「ポイズン」)

抱きしめるたびに 刻まれた

胸の傷が 今は

紅い薔薇に 見える

 

接吻でそそぐ せつなさは

二人だけの 夜を

今日も 狂わせる

毒薬 (「ポイズン」)

抱きしめるたびに 怖くなる

溢れ出した 愛が

おまえ 壊しそうで

Love! Love! Love!  
Love is a poison...

 

 

「目・ざとい」を
「英・語」で

 「sharp - eyed」と

 

 (「目・ざとい」)

 「言・う」そうです。