何気なく使っている言葉の意味

「風の吹くまま・気の向くまま」

 

「皆さん」は「風の吹くまま・気の向くまま」(「かぜのふくまま・きのむくまま」 ) と、いう

「ことわざ」を「使った事」は「有り」ませんか?。

 

「1月・5日」に「投稿した・ブログ」「奮闘 努力 (「ふんとう どりょく」) で

「フーテンの・寅さん」を「紹介」しました。

「フーテンの・寅さん」ほど、この「ことわざ」に「ふさわしい・人生」を

「送った人は・いない」と「思って」います。

「ブログを・書いた 時」に「この・ことわざ」を「思い付け・なかった事」が「残念」です。

 

 

「風の吹くまま・気の向くまま」の「意味」は「下記」だ、そうです。

 

・「一つの・場所」に「留まらず」(「とどまらず」)「落ち着かない」「さま」

 

・「生活振り・など」が「そわそわして・落ち着かない」「さま」

 

・「物事」を「自分の思うように・自由に 行う」「さま」

 

 

「風の吹くまま・気の向くまま」の「類義語」と、して「下記」が「有る」そうです。

 

・「糸の切れた・凧」(「いとのきれた・たこ」)

 

 (「糸の切れた・凧」(「たこ」) は「風に・身を 任せ」(「みを まかせ」)
 「天高く 何処までも・飛んで行って しまう事」)

 

・「風・任せ」」(「かぜ・まかせ」)

 

 (「その時の・成り行きに 任せで」「行動する事」)

 

・「風の・吹き回し」(「かぜの・ふきまわし」)

 

 (「その・時々」の「模様・しだい」で 「一定・しない事」)

 

・「自由・気儘」(「じゆう・きまま」)

 

 (「目的地を・決めず」「ふらふら と・さすらう事」)

 

・「悠々・自適」(「ゆうゆう・じてき」)

 

 (「自分の・したい事」を、して「毎日を・過ごす事」)

 

 

「風の吹くまま・気の向くまま」の「対義語」を「検索」しても「出て来」ません。

 

・「釈迦の 掌の上で・踊ら される」(「しゃかの てのひらのうえで・おどら される」)

 

 (「西遊記」(「さいゆうき」) の、中で (「孫・悟空」(「そん・ごくう」) は
 「筋斗雲」(「きんとうん」) に「乗り」「途方も無く 遠くまで・走り」

 「見つけた・巨大な柱」に「自分の・名前」を「書き」ました。

 

  しかし「帰って」「三蔵 法師」(「さんぞう ほうし」に「報告した」ら

 「悟空が・名前を書いた柱」は「お釈迦さま の・指」(「おしゃかさま の・ゆび」) だと

 「知ら」され「悟空」は「唖然」(「あぜん」) と、しました。

 

 「自由・自在」(「じゆう・じざい」に「動き回っている・つもり」だと

 「誇示」(「こじ」) しても「所詮」(「しょせん」)

 「お釈迦さま の・大きな 掌」(「おおきな てのひら」) の、中を

 「チョロチョロと・動き回っていただけ」で

 「やっている事は・小さい」と「諭した・話」(「さとした・はなし」)

 

 辺りが「妥当な 気が」します。

 

 

「私が・子供だった 頃」「正月」には「凧揚げ」(「たこあげ」) で「遊び」ました。

「竹籤」(「たけひご」) を「使い」「自分で・作った」「奴・凧」(「やっこ・だこ」) が

「空・高く」「揚がった・時」の「喜び」は「忘れられ」ません。

 

「凧」は「風が・無い」と「揚がり」ません。

「風が・強すぎる」と「凧は・暴れ」「制御 不能」(「せいぎょ ふのう」) と、なり

「上手く・揚がり」ませんでした。

 

「凧を・揚げる 時」には「いい風が・吹く」のを「待って」「風上に・向かって」

「タコ糸を・伸ばし ながら」「全力・疾走」(「ぜんりょく‘・しっそう」) しました。

「凧が 地上から・空中に 浮かぶ」と「タコ糸を・しゃくり」ながら

「凧を・コントロール」し「風下の空・高く」へ「揚げ」ました。

 

「凧に・尻尾」を「付ける」と「バランスが・良くなり」「凧は・暴れにくく」なりました。

「くるくる・回り ながら」「タコ糸を・伸ばした」「道具・名」を「思い出せ」ません。

「何百mも・伸びた」「タコ糸」を「巻き取る・時」にも「その・道具」を「使い」ました。

「釣りで・言う」と「リール」の、様な「道具」でした。

 

「現在の・凧揚げ」は「アメリカで・開発された」「ゲイラ・カイト」を「使う」そうです。

「カイト」は「1,974年」に「初めて 輸入・された」「洋・凧」(「よう・だこ」) です。

「三角形」の「カイト」は「私が・揚げた」「和・凧」(「わ・だこ」) と「違い」

「弱い・風」でも「急上昇・する為」「誰でも・簡単」に「揚げる事が・出来」

「体力を使う・必要も無い」そうです。

 

 

「嵐」は「カイト」と、いう「歌」を、歌いました。

「昨年末 の・紅白歌合戦」で「初・披露」(「ひろう」) されました。

「2,020年」の「NHK」での「東京・オリンピック・ソング」に「決定」して、います。

「発売日」は「未定」です。

 

「2月」〜「3月」と「予想する・人」が「多い」そうです。

「オリンピック・中継」と「言え」ば「NHK」です。

「中継される・全 競技」に「この歌が・流れる事」と「思い」ます。

 

「作詞」・「作曲」したのは「歌手」「楽曲・制作者」と、して

「昨年」「大・活躍」した「米津 玄師」(「よねづ げんし」) です。

「昨年・10月」に「投稿した・ブログ」「馬子にも 衣装」(「まごにも いしょう」) で

「予感した・様」に「大物」に、なりました。

 

「嵐」「カイト」で「検索」しても「動画は・有り」ません。

 しかし「米津 玄師」「カイト」で「検索・した」ら「嵐」が「カイト」を

「歌っている・動画」が「有る事」を「発見」しました。

「こちらが ダメなら・あちらが (「に」) ある」かも?。

 私の「座右の・銘」(「ざゆうの・めい」) の「一つ」です。

 

 

「嵐」(あらし) は「1,999年」に「結成」された「アイドル・グループ」です。

「世界中に・嵐を巻き起こす」の「意味を・込め」「名付け」ました。

「同年」「A・RA・SHI」で「デビュー」し「オリコン・1位」に、なりました。

「同年」「紅白・歌合戦」に「初出場」しました。

 

「以後」「57・作」の「シングル」を「発売」し「55・作」で

オリコン・1位」を「記録」しました。

「16・作」の「アルバム」を「発売」し「14・作」で「オリコン・1位」と、なりました。

「紅白・歌合戦」には「デビュー」から「11年・連続」で「出場」しました。

 

「2,004年」「24時間・テレビ」で「初」の「メイン・パーソナリティ」を「務め」ました。

「2,006年」「ジャニーズ」と、しては「初の・韓国 公演」を「開催」しました。

「2,007年」「初の・東京ドーム」での「単独・ライブ」を「開催」しました。

「2,014年」「紅白・歌合戦」で「5年・連続」での「白組・司会者」を「務め」ました。

 

「2,019年・1月」「2,020年・末」を、以て「活動を・休止する」と「発表」しました。

「同年・5月」「NHK」の「東京・オリンピック」「スペシャル・ナビゲーター」に

「就任する・事」が「決定」しました。

「同年・11月」「天皇陛下 御即位を お祝いする・国民祭典」に「出演」し

「Journy to Harmony」を「歌い」「奉祝」(「ほうしゅく」) しました。

 

 

「嵐」「カイト」「作詞」:「米津 玄師」「作曲」:「米津 玄師」

 

小さな頃に 見た 高く 飛んでいく カイト

離さない ように ぎゅっと 強く

握り締めて いた 糸

憧れた (「あこがれた」) 未来 は 一番星 の 側に (「そばに」)

そこから 何が見える のか

ずっと 知りたかった

 

母は 言った「泣かない で」と

父は 言った「逃げて いい」と

その度に (「たびに」) やまない 夢と

空の青さ を 知って いく

 

風が 吹けば 歌が 流れる

口ずさもう 努力へ  向けて

君の夢よ 叶え (「かなえ」) と 願う

溢れ出す (「あふれだす」) ラル ラリ ラ

 

小さな頃に 見た 大きな羽 の カイト

思い出 より とても 古く 小さい姿 で いた

憧れた (「あこがれた」) 未来 は いつもの ポケット に

誰も知らない 物語 を 密かに (「ひそかに」) 忍ばせ て (「しのばせ て」)

 

友は 言った「忘れない」と

あなたは 言った「愛してる」と

些細な 傷に (「ささいな きず」) に 宿る (「やどる」) もの

 

聞こえて 来る どこから か

風が 吹けば 歌が 流れる

口ずさもう 彼方 (「かなた」) へ 向け て

君の夢 よ 叶え と 願う

溢れ出す ラル ラリ ラ

 

嵐の中を かき分けて いく

小さな カイト よ

悲しみ を 超えて どこまでも 行こう

そして 帰ろう その糸 の 繋がった 先 (「つながった さき」) まで

 

風が 吹けば 歌が 流れる

口ずさもう 彼方に 向けて

君の夢 よ 叶え と 願う

溢れ出す ラル ラリ ラ

ラル ラリ ラ・・・

 

 

※「風穴を 開ける」(「かざあなを あける」)

 

「風穴」を「ふうけつ」と「読む」のは「間違い」です。

「風穴」(「ふうけつ」) は「洞窟」(「どうくつ」) の事、です。

 

 

「風穴を 開ける」の「意味」は「下記」だ、そうです。

 

・「閉塞感」(「へいそくかん」) の「有る」「組織」や「現状の・事態」に

 「新風を・吹き込む事」(「しんぷうを・ふきこむ」)

 

・「風習」と、いった「古い・慣習」(「かんしゅう」) に「縛られ」(「しばられ」)

 「柔軟性に・乏しく」(「とぼしく」)「懲り・固まった」(「こり・かたまった」)

 「価値観を・持ち続ける」「組織や・物事」などに「新たな・価値観」を「もたらす事」

 

 

「風穴を 開ける」の「類義語」は「下記」だ、そうです。

 

・「新たな 息吹を・吹き込む」(「あらたな いぶきを・ふきこむ」) 事」

 

 (「既存の・流行」(「りゅうこう」) に「新しい・風潮」(「ふうちょう」) を「もたらす事」)

 

・「旋風を・巻き起こす」(「せんぷうを・まきおこす」)

 

 (「つむじ・風」(「竜巻より・小型の 渦巻の 風」) を「起こし」「人々を・驚かせる事」)

 

・「殻を・破る」(「からを・やぶる」)

 

 (「これまでの・考え方 や 習慣」「築き上げてきた・方法 等」を「壊し」(「こわし」)

 「新しい物に・変える 事」

 「自分」の「殻を・破る」と、いう「使い方を・する事も 有る」)

 

 

「私」は「サラリーマン・現役 時代」に「大それた 気持は・有りません」でしたが

「職場に・違和感を 持ち」「何度か」「ささやかな・抵抗」を「した事が・有り」ました。

 しかし「その・都度」「私の意見は・通らず」「何の変化も・起きません」でした。

 

「結果」と、して「私」は「定年まで・勤め上げる事」を「断念して」しまいました。

「他人に」「諦めるな」(「あきらめるな」) と「説教じみた事を・言って」おき、ながら

「自分」が「諦めて」しまいました。

 

 

「はしだ のりひこ と・シューベルツ」は「風」と、いう「歌」を、歌いました。

 

「はしだ のりひこ と・シューベルツ」は「関西 出身者・4人」に、より

「1,968年」に「フォーク・クルセダーズ」(「フォークル」) の
「流れを 引き継ぎ・結成」された「フォーク・グループ」です。

 

「1,969年」「ファースト・シングル」「風」で「デビュー」しました。

「風」は「大・ヒット」し「日本・レコード大賞・新人賞」を「獲得」しました。

「風」は「キャンディーズ」「中澤 裕子」(「なかざわ ゆうこ」)「藤本 美貴」(「ふじもと みき」)

「高畑 充希」(「たかはた みつき」) も「カバー」した「名曲」です。

 

「1,970年」「メンバーの・1人」「井上 博」が「死去」しました。

「同年」「LP」「天地創造」を「発表」し「解散」しました。

 

 

「はしだ のりひこ と・シューベルツ」「風」「作詞」:「北山 修」「作曲」:「端田 宣彦」

 

人は 誰も ただ一人 旅に 出て

人は 誰も ふるさと を 振り返る

ちょっぴり さみしくて 振り返って も

そこには ただ 風が吹いて いるだけ

人は 誰も 人生に つまずい て

人は 誰も 夢やぶれ 振り返る

 

プラタナス の 枯葉 舞う (「かれは まう」) 冬の道 で

プラタナス の 散る音 に 振り返る

帰って おいでよ と 振り返って も

そこには ただ 風が 吹いている だけ

人は 誰も 恋をした 切なさ に

人は 誰も 耐えきれず 振り返る

 

何かを 求めて 振り返って も

そこには ただ 風が 吹いている だけ

振り返らず ただ一人 一歩ずつ

振り返らず 泣かないで 歩くん だ

 

 

「風の吹くまま 気の向くまま」を「英語」で「言う」と

 

「The wind is blowing and The spirit is turned」

 

 (「風の吹くまま 気の向くまま」)

 

 と「言う」そうです。