何気なく使っている言葉の意味

「意気地なし」

 

「皆さん」は「意気地なし」という「言葉」を「使った事」が「有り」ませんか?。

 

「今思う」に「面と向かって」「言われた事」は「有り」ませんが

  私は「若い頃」「意気地なし」だった様な「気が」します。

「長い間」に「様々な経験を積み」「現在」は「意気地なし」を「卒業した」と

「自覚」しています。

 

「意気地なし」の「意味」は 

 

・「自分の意志」を「通そうとする気構え」が「無い」事。

 

・「苦しみに耐え抜く力」が、無かったり「気力が無く役に立たない」事。

 

・「弱気である事や気力が無い」様子で「それらが理由で役立たずである」事。

 

・「最後」まで「物事をやり遂げる」ことが「出来ない」事。

 

・「困難など」から「抜け出す為の努力」を、する事が出来ず「自信が無い」事。

 

・「弱気な言動」や「男性らしく無い」「女々しい(めめしい) 態度」を取る」事。

 

・「主に」「女性が男性に対して使う言葉」

 

   だ、そうです。

 

 

「意気地なし」の「類義語」と、しては

 

・「甲斐性が無い」(かいしょうがない)

 

・「だらしが無い」

 

・「根性が無い」

 

・「不甲斐ない」(ふがいない)

 

・「弱気」

 

・「軟弱」

 

・「臆病者」

 

・「小心者」

 

・「弱虫」

 

   等々「数多くある」そうです。

 

 

「意気地なし」の「反対語」と、しては

 

・「頼り甲斐がある」

 

・「逞しい」(たくましい)

 

・「勇ましい」(いさましい)

 

・「根性がある」

 

・「迷いがない」

 

・「勇敢」(ゆうかん)

 

・「強靭」(きょうじん)

 

・「強気」

 

   等々「多数」ある、そうです。

 

 

「意気地なしな男の心理」とは

 

・「自信が無い」

 

「自分に対して」「自信を持つ事ができない」為「最初」から「物事を達成する事が無理」と

「判断・感じて」しまい「努力する事」を、しない。

 

「自分にはやり遂げる事ができない」と「始めから諦めモード」の為

「負の悪循環」「負のスパイラル) に「陥り」やすい。

 

・「マイナス思考」

 

「何かを始める時」に「成功する箏」より「失敗する事」を「イメージ」してしまう為

「積極性」が、無い。

 

カップルなど」で「関係を進展させなければならない」と「思っていて」も

「悪い結果になる事を恐れ」「行動的に」なれない。

 

・「責任感が無い」

 

「責任感のない男」は「基本的」に「誰かの後ろに隠れている」のが

「安全で・安心」という「考え方」に、なりやすい。

 

「目立った存在」や「リーダーになりたくない」という「思い」が「強い」為

「誰かに責任を押し付けよう」と「考える傾向」に、ある。

 

「不都合な事が生じ」ても「自分には関わりのない事」だと「目をそらし」

「責任から逃れよう」とする「傾向」に、ある。

 

 

「意気地なし」と「言われた時の対応」と、しては

 

・「素直に受け入れる」

 

「意気地なし」という「辛辣」(しんらつ) な「言われかた」を、されたからには

「あなたの何処かに原因があった」のは「間違いない」はずです。

「言われた相手を非難」したり「言い訳」を、したり「頑なに認めない姿」は

「周囲の目」には「器の小さな人」「潔(いさぎ) 良くない人」に「映る」はずです。

 

「自分の何処に非」が、あって「意気地なし」と「言われた」のか「確認」しましょう。

  そして「二度と言われることがない」よう「意識して行動」しましょう。

 

・「見返す」

 

「意気地なし」と、言った「相手を見返す」には「言った相手がが認めざるを得ない」ような

「新しい自分に変身」するより「他に手段は無い」と、思います。

「馬鹿にされたまま」「引き下がる弱虫」で、いては

「今後の人生」を「戦いぬく事」は「出来」ません。

 

 

「森 雄二 と サザンクロス」は「意気地なし」という「歌」を、歌いました。

 

「森 雄二とサザンクロス」は「森 雄二」を「リーダー」と、する「歌唱グループ」です。

「1,975年」「さようなら幸せに」で「デヴュー」しました。

「意気地なし」「足手まとい」等の「ヒット曲」を「排出」しました。

   私も「若い頃」「歌った記憶」が、有ります。

 

「1,981年」「好きですサッポロ」は「同年開催」された「さっぽろ雪まつり」の

「テーマソング」に、なりました。

「現在でも」「北海道テレビ ・ラジオ」で「放映・放送」され「一定の人気」を

「保って」います。

「1,985年」「ひとり占め」を「発表」した後「解散」しました。

 

 

「森 雄二 と サザンクロス」「意気地なし」「作詞」:高畠 じゅんこ」「作曲」「中川 博之」

 

あなたとならば  血のでるような

苦労も覚悟の  上でした

わたしからあなたを  とるのなら

いっそ死ねといわれた  方がいい

別れるなんて  言わないで

バカ!馬鹿!

あなたほんとに  意気地なし

 

あなたのそばに  いられるだけで

ほかには何にも  欲しくない

置き去り(おきざり) にしないで  行かないで

そうよ強いその手で  その腕で

つかまえていて  欲しいのに

バカ!馬鹿!

あなたほんとに  意気地なし

 

片時(かたとき) も惜しまず  つくすのよ

そうよ陰に日向(ひなた) に  なりながら

下僕(しもべ) となって  耐えるのに

バカ!馬鹿!

あなたほんとに  意気地なし

 

 

※「らんちゅう・飼育」

 

「1・8・18」(日)「15:00」

 

「ベランダ」に、行くと「祭りのお囃子」が「聴こえて」来ました。

 

  私は「ベランダで・育てていた」「らんちゅう・4匹」を「死なせて」しまいました。

「1つの・水槽」で「5匹・飼育」していましたが「4匹」が「死んで」いました。

「正に」「今・死んだばかり」でした。

「1匹」も「危うい状態」でしたが「水替え用の水槽」に「移し替え」たら「復活」しました。

 

「死んだ・4匹の金魚」は「生きているように」「死んで」いました。

  私が「数分早く・エサやり」に「行って」いれば「今回の悲劇」は「無かった筈」です。

  私は「ブログを書く事」に「集中して」いました。

「もちろん」「日中」なので「ワイン」は「飲んで」いませんでした。

 

  私は「色々な事」を「試して」いました。

「水量」「水替えのサイクル」等「今までの常識を覆す飼育法」を「試みて」いました。

「細菌学者」「フレミング」は「誤って・シャレー」を「床に落とししまった事」が

「幸い」し「ペニシリン」を「発見」し「ノーベル賞」を「受賞」しました。

 

「免疫学者」「ジェンナー」は「天然痘ワクチン」を「発見」する為「息子達」に

「菌を注射し・実験台にした」と「言われて」ています。

   (「真偽」(しんぎ・本当か嘘か)は「定か」では「有り」ません。)

  私は「新しい発見」には「偶然と・チャレンジ」が「不可欠」だと「思って」います。

 

  私は「どうすれば」「無駄なく」「効率的」に「金魚を・育てられる」かを

「試行錯誤」している「状態」でした。

「古い育て方」を「真似る事」は「私の本意」では「有り」ません。

「非常識」と「思われかねない・飼育法」を「試みて」いました。

 

 

「もうはまだなり・まだはもうなり」

 

株式投資」の「原則」です。

 

  私が「まだ水替えしなくても大丈夫」と「判断した時」には

「もう水替えしなければならない時期」でした。

真夏日の日照り」が「追い打ちをかけ」ました。

 

「3時間前に下した」「私の判断」は「木っ端微塵」(こっぱみじん) に

「砕け散り」(くだけちり) ました。

  私は「自分の勘」を「過信して」いました。

 

「試練を乗り越え」「生き残っている・金魚・16匹」は「良い金魚になる・気配」を

「見せて」います。

  私は「直ぐに」「ベランダの・金魚」と「田村さんに預けている金魚」を

「全て」「汲み置きしてあった水槽」に「移し替え」ました。

 

  私は「今年」は「無茶な飼育方法は・止め」「金魚が死なない・安全な飼育方法」に

「徹する事」に「決め」ました。

 

  私の「わがまま」で「死んだ・4匹の金魚」に「ごめんね」と「謝り」ました。

 

 

「高橋 真梨子」は「ごめんね」という「歌」を、歌いました。

 

「高橋 真梨子」は「1949年・生まれ」の「歌手」「作詞家」です。

「1,973年」「ペドロ&カプリシャス」の「「2代目・ヴォーカル」として「デヴュー」しました。

「ジョニーへの伝言」「五番街のマリー」が「大ヒット」しました。

「1,978年」「高橋 真梨子」として「ソロ歌手」「デヴュー」しました。

 

「1,982年」に「発売」された「for you・・」は「多くのアーティスト」に「カバーされる」

「名曲」と、なりました。

「以降」も「桃色吐息」「はがゆい唇」「遥かな人へ」等に、より「実力派・女性歌手」と

「呼ばれ」ました。

 

「1,993年」「ペドロ&カプリシャス」「時代」からの「メンバー」で、あった

「ヘンリー 広瀬」と「結婚」しました。

NHK紅白歌合戦」には「ごめんね」他「計・5回」「出場」しています。

 

 

「高橋 真梨子」「ごめんね」「作詞」:「高橋 真梨子」「作曲」:「水島 康宏」

 

好きだったの  それなのに  貴方を傷つけた

ごめんねの言葉  涙で  云えない(いえない) けど  少しここに居て

 

悪ふざけで  他の人  身を任せた夜に

一晩中  待ち続けた  貴方のすがた  目に浮かぶ

 

消えない過ちの  言い訳する前に

貴方に  もっと  尽くせたはずね

連れて行って  別離(わかれ) のない国へ 

 

せめて今夜  眠るまで  私を抱きしめて

いつも我がままを  許してくれた場所まで  戻りたい

 

消えない過ちに  泣き続けるのなら

このまま  二度と  目覚めたくない

すごく  すごく  貴方を苦しめた

 

滲む(にじむ) 街のビルボード  淋しそうなスケッチ

世界中きっと  いちばん  大切な恋を  無くしたのね

 

消えない過ちを  後悔する前に

貴方を  もっと  愛したかった

何処にあるの  悲しまない国

 

消えない過ちの  言い訳する前に

貴方に  もっと  尽くせたはずね

連れて行って  別離のない国へ

 

 

「小林 旭」(こばやしあきら) も「ごめんね」という「歌」を、歌いました。

 

  私は「何度か・この歌」を、歌いました。

「特定の誰かに・特定の理由」で「ごめんね」と「謝っていたわけ」では、ありません。

「強いて言う」なら「自分の情けなさ」「ふがいなさ」「運のなさ」を「自分自身に対し」て

「謝っていた」の、かも「知れ」ません。

 

「小林 旭」は「「1,938年生まれ」の「俳優」「歌手」です。

「1,956年」「映画」「飢える魂」で「俳優・デヴュー」しました。

「石原 裕次郎」と、共に「日活」の「黄金時代」を「築き」ました。

 

「1,958年」「女を忘れろ」で「歌手デヴュー」しました。

自動車ショー歌」「恋の山手線」などの「コミックソング」も「大ヒット」しました。

「ギターを持った渡り鳥」「昔の名前で出ています」などの「歌謡曲」も「大ヒット」しました。

「独特の・甲高い声」を、含む「歌唱法」は「アキラ節」と「呼ばれ」ました。

 

「映画での共演」を「キッカケ」に「浅丘 ルリ子」と「同棲」(どうせい) しましたが

「後に」「解消」しました。

「1,962年」「美空 ひばり」と「結婚」しましたが「美空 ひばり」の「母親の反対」で

「戸籍上は・入籍していない」「事実婚」(じじつこん) でした。

 

「1,964年」「事実婚」は「解消」されました。

「美空 ひばり」の「父親代り」と「自称していた」「山口組・三代目組長」「田岡 一雄」から

「ひばり」を「みんなに返してやりいや」と「引導を渡され」「逆らう事ができなかった」

  そうです。

  この為「美空 ひばり」は「戸籍上」では「生涯・独身」でした。

 

「1,977年」「昔の名前で出ています」で「NHK紅白歌合戦」に「初出場」しました。

「紅白」には「計・7回」「出場」しました。

 

 

「小林 旭」「ごめんね」「作詞」:「遠藤 実」「作曲」:「遠藤 実」

 

ごめんね  ごめんね

幸福(しあわせ)  あげずに

ごめんね  ごめんね

君を  泣かせて

俺も 俺も 生命(いのち) を  賭けては いるけど

花は咲かない  花は咲かない

ほんとうに  ごめんね

 

ばかだな  ばかだな

俺は  生まれつき

ばかだよ  ばかだよ

夢を  こわして

嘘が 嘘が 言えずに  遠回りして

苦労かけるね  苦労かけるね

ほんとうに  ごめんね

 

ごめんね ごめんね  

君の  寝顔に

ごめんね  ごめんね

君の  心に

夜の 夜の 酒場で  つらいだろうな

酒にやつれて  酒にやつれて

ほんとうに  ごめんね

 

 

「意気地なし」を「英語」で「言う」と

 

「chicken」

 

  (「臆病者」)

 

  と「言う」そうです。